Berlin, DAY3.

 

コトブッサー通りのトルコ人のフィラットのアパート(元は高官の住居だったらしい)でボロネーゼのディナー、夜遅くまで、それぞれの故郷の古い音楽をたくさんかけながら。フィラットはイタリア人のミケーレがボロネーゼを作ると思っていたのにはじーがシェフだったので、びっくりした。

ベルリンに来て最初の大きな買いもの、トリッペンの靴、145€。

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Berlin, DAY2.

テンペルホーフ空港跡地で鳥を観察しようと思ったけど、雨が降ってきたのでまた今度にすることにした。角のカフェに入ったら、エンゲルスという名前のカフェなのだった。そこから少し歩けば、カール・マルクス通りに出るのである。洒落ている。後になってそのカフェが、2年前にピコブックスのアルヴァロが教えてくれた店だったと気がついた。2年前は地図の印を読みまちがえて別の店に入ってしまったから、ずっと来たかった店だった。

昼はそのアルヴァロとカフェで会い、夜はエーミルとローラがアパートに訪ねてきてくれて、私たちは2年ぶりに再会することができた。2年経てば環境はいろいろ変わる。でもふたりはちっとも変わっていなかった。ローラは故郷のブラジルで、興味のないサッカーを母親に見ろと言われてケンカしたと言って笑った。フィンランドの人であるエーミルに、私は今回の旅で読むつもりで持ってきたムーミンの文庫本を見せた。はじーはみんなのために海南チキンライスを作った。厳選して持ってきた柚子胡椒とぽん酢がよく合って、全員に大好評だった。食べたことのないものを楽しめる人たちとは、なんて仲良くなりやすいのだろうと思う。エーミルも羊の焼肉を作ってくれた。そういえば2年前も、ふたりは一緒にキッチンに立っていたのだ。きっと料理の好き度が同じなんだね、と私は言った。

 

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Berlin, DAY1.

ノイケルンのアパートはとても静かだ。着いてすぐ、もとこさんとミケーレが用意してくれた夕飯、いのししのブルストや生ハムやチーズやパン、ドイツビールを飲んで、食べた。洗礼のような、濃い強い味。

夕飯のあと、ミケーレのために英語で、翻訳してきた詩をひとつ読んだ。テンペルホーフ主義宣言。うまく読めた。思ったより、よい出来だったので嬉しい。18日にはピコブックスで朗読会がある。こんなにとんとん拍子に決まるとは思ってもみなかった。

空港からシャトルバスでアレキサンダー広場に着いた途端、2年前にここで数日間過ごしたときの感じがぜんぶよみがえってきた。地下鉄の切符の買いかた、駅前の人混みのここちよさ、ルターの教会の近くで寄付を巻きあげられたこと。ここは涼しくて、もう自分の街のように思える。東京の暑さを、もう忘れている。

 

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コマドリ、捻挫、檜洞丸

丹沢湖ー西丹沢自然教室ーゴーラ沢出合ー檜洞丸ー犬越路ー西丹沢自然教室〕5/18

朝の丹沢湖からバスに乗って、箒杉と呼ばれている樹齢二〇〇〇年の杉の木のある場所を越えて、9時、西丹沢自然教室。登山の人たち、パッと見渡して三〇人くらいだろうか、混じって登山計画書を書く。

明るい広葉樹の穏やかな道の先に、白く光っているひらけた場所があって、ゴーラ沢出合という。白いのはぜんぶ、大小の石。ゴーラってなに。出合うというのは、川の流れのことだろうか、それとも川の向こうとこっちの人が石伝いに出合えることだろうか。どこまでも平たい場所で、登り道の続きを一瞬、見失う。

続きの登りはいきなりハシゴで、その先もずっと急な坂で、どんどん標高があがっていくのがわかる。林のなかの道で、たまに出てくるツツジの朱色が、怪しく女っぽく見える。途中から、富士山が林の隙間に見えるようになった。コガラが目の前の枝まで来た、私に興味があるみたいに。道が整備されていて、傾斜がきつくても愉しい登りだった。途中から木道になって、その下にミズバショウみたいな雰囲気の群落をつくっている植物は、コバイケイ草というらしい。最後の登りは視界がひらけて、富士山もその手前の東丹沢山系の山々も、海も、沖の伊豆大島まで、ぜんぶぜんぶ見えた。

頂上(檜も洞も見あたらない)で昼ご飯、落合館で作ってもらった鮭と昆布のおにぎりとたくあん。お湯を沸かして紅茶を飲む。「山でコーヒー淹れると淹れている間に少し冷めるのが残念、紅茶は温かいまま飲めるからいい」とわたし言う。はじー同意。

くだりが始まってすぐ、また絶景。こんどは海が見えないかわり、富士山の下腹をスプーンですくったみたいに山中湖が見える。自分がいまいる場所と富士山の頂上が同じくらいの高さに見える。そこまで、遮るものがなんにもない。目が喜んでいきいきした。

ぶなの明るい林の稜線を、いくつも小さい峠を越えていった。途中で双眼鏡を出して、木の枝のうえ、ヤマガラシジュウカラを見た。ウグイスは声だけ。林をどんどん歩いていくと、三歩先の地面にコマドリがいた。図鑑で見るのと同じ、オレンジ色のからだで、真っ黒い点みたいな目で。地面をぴょんぴょん跳んで藪のなかにはいっていったのをしばらく観察して、見えなくなったと思ったら大きな声で鳴いた。「ヒンカララ…と馬のいななきのようなさえずり」と図鑑に書いてある、ほんとうにその通りの声で。

ああ、鳥を見ることを始めてよかったなァと、元気な気持ちになって、コマドリパワー!とかふざけて喋りながら、笹藪をどんどんどんどん抜けていたとき、木の根につまづいてはじー捻挫。しばらく、もんどりうって地面に転がったまま、左の足首をおさえて、痛そうな顔をした。間一髪、くじいたとき体重を全部は乗せなかったから、なんとか歩けそうと言って、避難小屋まであと30分くらいだったので、そのまま歩いてしまうことにした。とたんに無口な歩きになって可笑しい(私はこういうときとてもひどい)。避難小屋の外にある台のうえで、私の持っていたテーピングテープをありがたく施して、陽が落ちてあたりが薄暗くなってくるのをヒヤヒヤと感じながら、なんとか帰りのバス停まで歩ききった。

自然教室の前のベンチで最終バスを待つ間の1時間に山はすっかり暗くなって、山際からすーっと蜘蛛の糸の絡まったみたいな雲が幾筋も縦に伸びていた。それをはじーは、あの綿の、ぱーってやるやつ、と疲れで眠い赤い顔をして酔っぱらいみたいに何度も言って、それは何日か前にテレビで見た、綿花を何枚も何枚も台に拡げて重ねて高級真綿布団を作る夫婦の動作のことなのだった。

 

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夢の部屋

夢で。
いま住んでいるのと同じマンションの別棟に引っ越すことになる。別棟のほうがいい部屋が入っているらしい。もう借りたことになっている部屋を、私はまだ見たことがない。新しい部屋は202号室で、キャビネットみたいなガラス扉を開いて入ると、とても広い正方形の白いギャラリーみたいなワンルーム。天井が高くて、部屋の奥の壁は一面本棚で、まんなかに明るい緑の葉っぱをつけた広葉樹がどーんと立っている。玄関の近くに仕事用のデスクがあって、そのデスクもなんだか有機的なフォルムで、机の板の右端に丸い穴があいていて、そこから細い樹木が伸びている。広いバルコニーがあって、誰かがひとりがけのソファを丸干ししている。部屋は全体的に服やモノですごく散らかっていて、全部、前に住んでいた人のものらしい。私たちが片付けなければならないらしい。夢の中で私は(だから、安く借りられたのか、この部屋を)と思っている。台所が見当たらないので、はじーが心配している。あったと思ったら、部屋の隅のほうに洗面所みたいな水場が一個だけ。その奥の暗がりにひどく使いづらそうな調理台とガスコンロがあって、その上にも、どぅわーと服が、いっぱいに積まれている。なんだろうこれは、広い部屋、嬉しいのだけどな、高い天井、部屋のなかの植物、嬉しいのだけどな。どこまでも散らかるモノと服と、悲しい台所に、果てしない気持ちになる。

現実には別棟なんてない。わがやは古いマンションの賃貸で、坂に寄りかかるみたいにして建っていて、二階なのにちょっとだけ庭とベランダがある。毎日、すずめが来る。春菊みたいな夏草が茂っているのを物干し台のスペースだけ草刈りしたら、黒い蟻のような蚊に足の甲が水玉模様になるくらい刺された。二月にもらった胡蝶蘭に、新しい蕾がついて、今朝咲いた。

働かない日の銀座

私、働かない日に銀座に行くのはとても珍しい。私の働かない日、銀座は歩行者天国資生堂ギャラリーで「初心」展をみて、三角みづ紀さんの詩が載っている花椿を手にいれて、あまりにもパッケージのかわいいボンボンフロマージュをうろうろと買って、歩行者天国の歩行者のひとりになって、ぽかぽかと電車に乗って、帰ってきた。休日の人たちの顔、どれもぽかぽかして見える。

行きも帰りも、耳にあいほんのイヤホンを繋いで、矢野顕子さんがピアノで歌う「赤いクーペ」を聞いていた。ひのやまの ひろがる その ゆるやかに ほどける みちを。モーツァルトが うたってくれる。矢野さんの歌う赤いクーペは「裾野」じゃなくて「その」。この「その」が好き。

銀座はとても晴れて、人が大勢いた。ついこないだまで松坂屋があった場所が更地になっていて、工事の白い壁の向こうに、エメラルドグリーンの重機の背骨が見えていた。

土曜日、晴れ、大野山

山北駅ー大野山山頂ー丹沢湖 落合館〕

土曜日、午前10時半をまわる頃、山北駅から歩き始め。山北駅には若いツバメがいっぱい飛んでいる。のどの赤が薄いので、若いと分かる。翼に心配な斑点のある個体が一羽。駅舎の梁に、巣が無数にある。駅の近くの商工会議所の駐車場の天井とか、個人商店や民家の軒先にも無数にある。

何日か前から続いている晴れで空気は乾き、蛭なんていそうもない。川が流れているのかなと思って覗きこんだ、低く続く谷のようなところを、電車の線路が走っている。その上にかかった橋を渡って、車の多い広い道路も渡って、頭上高くを突っ切っている高速道路をくぐって、山の入り口へ向かった。

ほんとうの山道に入るまで、舗装された細い道路を、たまに車とすれ違いながら歩いていった。濃緑の山を背後にいただいた小学校がある。廃校になっているのか、校庭には小学校とは関係のなさそうなトラックが停まっている。歩いている人はいない。山道にさしかかったところで、朝から登ってもう降りてくる人たちとすれ違った。

正月の沼津アルプス以来の山で、冬から体力づくりを全然していなかった私は9合目あたりでかなりしんどくなってきて、林が切れて牧場の草原が広がる最後の登りの階段を、手すりにしがみついて、歌をつくって歌いながら歩いた。アナグマはー、夜行性だけどー、帽子があればー、昼も元気さー、とか、そんな歌。

山頂はもう休んでいる人が何組もいて、いつも思うけど山道はあんなに誰もいないみたいに静かなのに山頂にはこんなに人がいるってことがふしぎだ。ご飯をガスバーナーで炊いて、サンマの蒲焼の缶詰の卵とじオンザライスを食べた。一羽のスズメが、ヒトの昼ごはんのおこぼれを狙って回っている一羽のカラスに対して、ぴーぎゃーと不服を申し立てている。はじーは山頂で牛乳を飲みたいと言っていたのに、絞りたて牛乳を飲めるような場所はなくて、ひっそりショックを受けている。牛の放牧をしているはずの見渡す限りの草原に牛は一頭も見えなかった。でも、湖に向かって下りの道を歩き出すと、別の角度から見た山際に牛のシルエットが見えた。

山頂から丹沢湖に向かう道は人がほとんど歩いていないらしく、去年の落ち葉がたくさん積もって滑りやすい、難儀な道だった。どちらへ進むのかパッとは分からなくなる、伐木の点在する黒い斜面もあったし、行けば行くほど急な登り下りが増えて、最後には足の爪が痛かった(前日に爪を切るのを忘れていたこともある)。

もうあと少しで湖に着くというとき、歩いている道の前方を、キョーンと鹿が跳んで渡った。アッと思っているうちに、最初のより少し小さい鹿がキョーンキョーンと続けて二匹、同じようにして渡った。ついに山で、鹿に会った。

明るいうちに落合館に着いてすぐお風呂に入った。檜の香りの湯気がお風呂場に充満して、フレスコ画の天使か何か出てきそうな西日が丹沢湖の向こうから差しこんでいた。

 

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