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神様の庭は円い(5/19)

「タイム」で一緒に舞台に立った毛利悠子さんの個展を見に、東京都現代美術館へ行った。毛利さんの作品が入っているブルームバーグ・パヴィリオンというのは、美術館の前庭に設置された、離れのような建てもので、白いパキパキした、屋根だか壁だか見分けのつかない、折り紙を途中で放置したような凹凸のある、青空によく似合う板で覆われている。似合うにもいろんな似合いかたがあると思うけど、その似合いかたは、青空に向かってエッヘン!と自己主張しているような感じがする。
でも建てもののなかにはいると、毛利さんの作品たちの空間は、とても静かで、自己主張とは遠い、ある生態系に支配された、神様のお庭のような空間だった。「タイム」のときも、毛利さんが準備した空間のことをわたしはずっと「祭壇」と呼んでいて、新しい儀式のためにモノたちがたてる音を聞いていると、知らない宗教の教会にいる気がした。
こんどの展示は、「サークル」「サーキッツ」「サーカス」と続く三部作の三部作目にあたるのだそうで、もらったハンドアウトに、これらの3つの言葉が同じ語源をもっていることが書かれていた。以前アメリカの詩の研究者・金関寿夫さんの本を読んだとき、アメリカインディアンの言葉で「インディアンがすることは何でも丸い。『四角』には、どんな力も宿っていない。」と書いてあったのを、私は後になって思いだした。
扇風機がまわっている。昔のほこりのこびりついた、半透明の青い羽根の、背の低い、おばあちゃんちにありそうな扇風機だ。部屋のブラインドが、パシャンと音を立てて外からの光を遮断する。しばらくすると、またカシャンと音を立てて角度の変わったブラインドの隙間から光が入ってくる。スプーンが鐘を鳴らす。アイスクリームを食べたいくらいのサイズのスプーンだ。時計盤の数字のように円状に置かれた幾つもの方位磁石、その針がほうぼうで揺れている。その時計盤の針のように、木製の定規が、秒針と分針の間くらいの速さで、ゆっくり回っている。部屋の中央に、白いカーボン紙の幕が、でろりと垂れ下がっている。ひっくり返ったレトロな玩具の真上に吊されたシェードランプが時折りぼうっと明るくなると、玩具の蛾がジジジジッと震えだす。白い水玉模様の赤い傘が回転している。傘に張られた布はところどころ焼けて穴が空いていて、わたしに石内都さんの「ひろしま」の服たちを思いださせた。磁力と音、回転と静止、光と震え、はじめは何がどこで繋がっているか探そうとしたけれど、それを探しても意味がないように思えてきた。
磁石の力、光の力、風の力。そういう力を感じたり、それぞれの生活の果てにこの部屋に集まったモノたちをみていると、見えないものと見えるものがあるんじゃない、という気がしてきた。磁力や光の力が見えないもので、傘やスプーンが見えるもの、とは分けることができない。磁力も光の力も傘もスプーンも、みんなこの部屋で、見えるようになったのだ。
見ているうちに、部屋はどんどん大きく感じられてきて、いつまでもこの庭で遊んでいたいような気持ちになった。


◎毛利悠子 個展「サーカス」
5月19日(土)〜6月17日(日) 無料
東京都現代美術館ブルームバーグ・パヴィリオン