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大島・よあけ・台風(1)

9月18日、日曜日。
 二三時、竹芝桟橋から、さるびあ丸出航。グワシャーン、グワシャーン、という録音のドラの音。
 竹芝桟橋の乗船所まで、はじー見送りに来てくれる。
 デッキから下を覗きこむと、海の表面は、絵の具の筆洗いの水のような、汚いグレーに見える。東京タワーがオレンジ色に光っていて、あーここからはスカイツリーじゃなくて東京タワーが見えるんだなぁと思って、新橋や汐留のビルも光っていて、それからそれらの手前を巻いて走っているゆりかもめの窓の白い明かりが見えて、全部全部小さくなってゆくと思ったら、泣いてしまった。泣く理由はなんにもないし、いろいろありすぎる。かなしいとか、悔しいとかじゃなくて、よくわからなくて、泣くのだと思う。目をこすっていたら、大学生くらいの男女ががさがさとたくさん来て、「うわぁ、おしゃれじゃん」と言いながら、上のデッキへ上がっていった。
 二等和室は、船底の音ががりがりきこえるのと、ゆれるので、あまり眠れなかった。すこし寝て目が醒めると一時間くらい経っていて、また寝て、というのをくりかえした。夜中の1時近くにもう一度だけ甲板に出た。まだ東京湾だった。
 四時四五分、アナウンスがあって明かりがついて、甲板に出ると、すごくきれいなよあけを見た。海はとても穏やかだった。雲海の上に、ニワトリの形の雲と、飛んでいるサギの形の雲がふたつ、乗っかっていた。「へんなくもー」とわたしは声に出して言ってみた。空も海面も、ゆっくり明るくなる。
 船が岡田港へ着いて下船するとき、タラップから、大きなテトラポット群の上にオーロラみたいな光の帯がかかっているのが見えて、降りる人がひとりも歓声を上げないのが不思議なくらいきれいだった。静岡の人が富士山に目もくれないみたいに、大島の人も、うつくしい夜明けに感動したりしないのかもしれない。持ってきた一眼レフで写真を撮ったけれど、写真にはわたしの見たうつくしさは残らなかった。
 バス乗り場の方へ歩いて行くと、白い痩せた猫の歩いているのに会った。トラ猫がダッシュしているのも見た。嬉しくなっていると、バス乗り場の方から「元町港行きのバスまもなく発車しまーす」と聞こえてきた。元町港の近くに、わたしの泊まる宿がある。わくわくして、バスまで走った。