ハバナ日記(10)

 2月10日、土曜日。私の帰国便は日曜日の早朝だった。この最後の一日だけのオフに、私はケティとダニエルと三人で、ビーチに行くことになっていた。

 広すぎるダイニングにマダムが用意してくれたフルーツたっぷりの朝食を食べてから、道を渡って、出迎えてくれたダニエルに「昨日はごめん」と謝った。ダニエルは「君が謝ることじゃない」と言ってハグしてくれる。ケティともハグして仲直りした。ダニエルとケティはその朝しばらく、このミーティング全体の反省会モードだった。なんとなくふたりの会話は想像がついた。ケティが仕事を引き受けすぎて、時々私たちが取り残されてどうすればいいかわからない時間が生まれること、私の宿泊先の手配が雑すぎて、それが元で昨晩のようなトラブルが起きたこと(本来はみんなそれぞれ勝手に民泊を予約するスタイルなのに、私とアダだけがAlamarという遠方にしかも途中までしか泊まれなかったのは、ケティの中途半端な好意のせいだったことは否めなかった)。でももちろん、すべてがケティのせいというわけじゃなく、運営側の細かい問題をダニエルは指摘しているようだった。「ああいうところが良くなかったでしょう、どうにかならなかったのかね」「でもそれはこういう理由があったから……」というやりとりがしばらく続いた。私はそういう話をダニエルがケティにしておいてくれるのはいいことだと思って、じっと耳をすましていた。ケティは言い訳ばかりしていて、ダニエルも最後には(まったく、ケティには手を焼くよ!)というジェスチャーを私にだけこっそり見せた。

 反省会タイムがやっと終わると、いよいよ私たちは海へ向かった。甘いパンと水を調達して、きれいなタクシーに乗った。タクシーが海のそばを通るとき、私はレイナルド・アレナスの『エバ、怒って』という短編小説を思いだした。

 そこは、Alamarの海とは違う、きれいに整備された白い砂のビーチだった。

ハバナ日記(9)

 2月9日、金曜日。ラウラの民泊を出なくてはならない朝だった。手持ちの現金が足りなくて、ダニエルにお金を借りて何とか支払いをすませた。荷物をまとめて改めてダニエルのところに行って、今夜の宿がないことを相談すると、例の家主のお兄様にダニエルが相談してくれた。お兄様は近所に広い部屋を貸してるマダムがいると教えてくれて、そのまま私たちをその家に連れていって紹介してくれた。ほんとうにダニエル宅のお向かいさんだった。少し高値だったけど、背に腹は代えられなかった。お兄様にお礼を言って、そこに決めた。

 若手作家ミーティングは最終日だった。詩の家でエミリオとパウラに会った。パウラが小さなバナナを、エミリオがキューバ音楽のデータをくれた。日本の文化に馴染んでいるふたりといるだけで、なんだかしみじみほっとした。エミリオの(彼が編集に携わっているバイリンガル文芸誌についての)プレゼンを見て、そのままふたりとランチ会場へ行って、アルゼンチン女子チームとランチを食べた。ブエノスアイレスの日本からの移民には「TOKYO」とか「KYOTO」という店名のクリーニング屋さんが多いことを教わる。昨日一緒に踊ったあとで私と「アイラブユー!」と言いあって、私に「あなたが私の今日イチセクシーガール!」と言ってくれたイグノリアちゃんと、お互いちょっとはにかみながら太陽の下で挨拶した。

 パウラとエミリオにくっついて、また別の美しい吹き抜けのある建物へ、また別のプレゼンを聞きに行った。スペイン語はやっぱり全然聞きとれなかった。エミリオがかいつまんで通訳してくれた。作家たちが自作の詩や小説を解説しているらしかった。
 イベロアメリカ、ラテンアメリカ、ヒスパノアメリカ、サウスアメリカ、ただのアメリカ。一口に南米といっても、さまざまな呼び名と区分けがある。私はこの歳になるまで、アメリカとはUSAのことだとばかり思っていたけれど、彼らにとってアメリカとは南北アメリカであり、USAはノルテアメリカのひとつの国にすぎないということを知った(後日、帰国してから家の本棚に『ボルヘスの北アメリカ文学講義』という本があるのを見つけた)。そういう視点がぱっかーんと開かれたというだけで、ここに来た意味があると思った。

 陽が落ちる頃、最後の朗読会が詩の家の中庭で始まった。私はエミリオにスペイン語の朗読をお願いして、『暗闇をつくる人たち』という少し長い詩を読んだ。日本語とスペイン語を連ごとに交互に読んでいった。エミリオのハスキーボイスが耳に心地よくて、呼吸も合って、とてもいい朗読になった気がして、エミリオもそう感じたのが伝わってきて、終わった後で顔を見合わせて、いまのすっごいよかったよね!と言いあって、ギューッとハグした。パウラは一部始終、動画を撮ってくれていた。

 すっかり辺りが暗くなると詩の朗読は終わって、詩、音楽、詩、音楽、詩、だったのがいつのまにか音楽、音楽、音楽、になった。みんな踊り出して、そのまま最後のお酒を飲むために食事会場へ流れていった。俳句を研究しているスペイン人のベロニカという女の子をケティが紹介してくれて、しばらく喋った。ベロニカはとても聴きとりやすい英語で、ゆっくりゆっくり喋る女の子だった。

 まだみんなと喋ったり飲んだりしていたかったし、パウラとも話し足りなかったけど、私は新しい家主のマダムが寝る前にスーツケースをベダードの新居に移しておかなければならなかった。エミリオが「Besos.(キスを)」と言いながら最後の別れみたいなハグをしてきた。パウラは横から「また後で会えるよ」と言ったけれど、結局これがほんとうにふたりとのお別れだった。挨拶もそこそこに、私はスーツケースをごろごろ引きずって、ケティとベロニカと三人でベダードに向かい、疲れ果てながらもなんとか今夜の宿にチェックインを果たしたのだった。

 ところが、それからまた一悶着あった。ダニエルと合流して、私たちは何度かお世話になった近所のイタリアンで夕飯を食べた。三人は私を無視してずっとスペイン語で楽しそうに喋っていた。てっきり後で他のみんなにもう一度合流できると思っていた私は、その時間を我慢してやり過ごそうとして、ひとり黙々と自分の注文したものを食べた。それからタクシーを捕まえてベロニカを送って、ケティがもう今日の仕事は終わったような顔をしているので、心配になって「みんなともう一度会いたいんだけど……」と切り出してみた。ケティは、噓でしょ!という感じで半分キレ気味にまた大通りにとって返してタクシーを拾い、ダニエルも訳がわからないまま一緒に乗りこんで、みんながいるはずのクラブに向かったけれど、結局そこには誰もいず、私はもうアダにもパウラにもエミリオにも会えないのが悲しくて泣きたいような気分だった。「みんながいないんじゃ意味ないよ!」とケティに怒鳴った。ケティは「しょうがないじゃん!私だって疲れてるもん!」というようなことを怒鳴っていたと思う。とにかく仕方ないのでまたタクシーに乗って家まで戻ってきた。ほんとうは私が謝る場面ではないと思ったけど、「ごめん」と言って別れた。

ハバナ日記(8)

 2月8日、木曜日。ラウラの民泊は快適。どこからか、ダニエルという名前を呼ぶ女の人の声がする。母が子どもを呼ぶ声に聞こえる。スペイン語で聞く「ダニエル」は、ダじゃなくてエにアクセントが置かれている。冷蔵庫のフルーツを少し食べて、私たちのダニエルの家へ向かった。ダニエルのところの庭は、ほれぼれするほど美しく手入れされていた。二階に住む家主は趣味のいいお金持ちのゲイのお兄様で、いつも何かを手入れしていて、会うたびに「管理が大変なんだ」と言った。ケティはいなくて、ダニエルとふたりでタクシーを拾って、詩の家へ向かった。

 昨日のごたごたから一夜明けて、なんだかぼーっとしてしまっている私を、アダとオスマイルが引っ摑みに来た。いまからAlamarに荷物を取りに行かないと午後の朗読に間に合わないんだから、早く早く!とせっつかれて、バタバタと三人で飛びだす。そうなのだった、私は昨晩は身ひとつでベダードの民泊に泊まったから、スーツケースの荷物はまだAlamarに残したままだった。アダなんてこの数日間、スーツケースの中身はずっとAlamarに置きっぱなしだった。この荷物回収の道のりをディウスメルとじゃなく、アダとオスマイルと過ごせるのがありがたかった。ふたりはいつのまにかラブラブもラブラブになっていて、早足で歩きながらも見つめあったりキスしたりラブラブな冗談を言いあったりで忙しかった(どうも、アダが風邪にやられていたときからずっと泊まっていたのが、オスマイルのところだったもよう)。
 バスを乗り継いで、いまとなっては懐かしいAlamarの民泊に辿り着いた。どたどたと荷物をパッキングして、おじさんとおばさんにお礼を言って、宿賃を払う。三人で、アダの大きなスーツケースと、私の小さなスーツケースを、石ころだらけの道をがらがら言わせながらかわりばんこに引っぱって(もちろんオスマイルはアダのばかりを引きずって)、中心地に戻るバスにやっと乗りこんで、Alamarを脱出した。

 数時間前に来た道をまた戻り、詩の家にスーツケースを預けて、やれやれという気持ちで三人でコーヒーを飲みに行った。カフェの席で、アダとオスマイルが濃厚なキスばかりしているので、私はとうとう見ていられなくなって、持っていた自分の本で自分の顔を覆った。優しいふたりだから許す。最初の日にアダとケティと三人で入った、猫のたくさんいる店だった。アダがトイレに行っているあいだ、オスマイルは私の『テロリストたち』という詩が好きだと言ってくれて、「きっときれいな興奮をするでしょう」という行が最高だよと言った。これだから伊達男は。

 午後2時、アルマス広場の脇の石畳の道を会場にして、空の下の朗読会。朗読の合間に、フラメンコやキューバ音楽の演奏がある。きっとそんなに有名な人たちではないのに、どれもこれも、ちゃんと格好いい。魂というものはあるのだなあと思う。観客席のそばに、大きな黒い犬が寝そべっていた。私は公園の出てくる詩を読んだ。わざとみすぼらしい身なりをした大道芸人が、私の朗読が終わった後に近づいてきて、新聞紙で作った花を捧げてくれた。その会が終わったあと、アダが、今夜ファブリカでパーティーがあるよ、行く?と訊いてきた。よくわからなかったけど、もう踊るしかない気分だった。今夜は踊りたい!と素直に言った。

 ダニエルとカロリーナと一緒に詩の家に戻ると、扉が閉まっていて中に入れなかった。えーっ、スーツケースは? 明日までスーツケースとはお別れだった。諦めて、ダニエルとタクシーに乗ってベダードに戻り、自分の部屋(があるってなんて素敵!)でシャワーを浴びて、なんとか手持ちの服をやりくりして、グレーのタンクトップと、こういう時のために持ってきた大ぶりの三角ピアスでパーティー風に着替えた。夜、ケティもダニエルの家に集合してご飯をどこかで食べてから行く手はずだったのに、一時間待ってもケティ来ず。お腹が減ってしまって、ダニエルは私を留守番させておいて近所のどこかからサンドイッチを調達してきてくれた。二時間経った頃、ケティようやく到着。私は日本語で「来たー!」と叫んでしまう。メキシコ若者チームの相手をしていたら遅くなっちゃった、とケティはいろいろ弁解しながら、買ってあったサンドイッチを食べた。無理な仕事量をケティが引き受けてしまっていることは一目瞭然だった。ダニエルは優しいので怒らないで聞いていた。でもダニエルだって編集者だし、内心は一本連絡よこせや、と思っていただろう。

 結局、出発したのは夜11時近くなってからだった。15分くらいぶらぶら歩くと、ファブリカ・デ・アルテ・クバーノの建物が現れた。元々は工場だったから、芸術工場という名前が付いた場所だった。ファブリカの前には思いがけず長い行列が出来ていた。あれ、これ、この列の雰囲気って……クラブじゃん、なんだ、わー。てことは、これからハバナのクラブ体験できるんですか?と私の胸はいまさらながら高鳴った。何も持たなくていいよ、とケティが言うので、ほんとうに何も持たないで出かけたら(いま思えば、財布くらい持てよと自分に突っこみたいけど)、バウンサーのお兄さんにブックフェアのIDカードを持っているか訊かれた。当然のことながら持っていなかった。しばらく待っているとケティの交渉術でなんとかなったらしく、列を無視して入った。

 何人か、顔見知りの人たちがもう来ていて、アダとオスマイルもさっき着いたばかりらしかった。私はケティのビールを横から一口飲ませてもらって、身の振りかたを検討した。一緒にうろうろしてくれそうな人が誰もいないので、(私は東京の女の子なんだから、クラブだって何度も行ったことあるんだから、何かあればここに戻ってくればいいんだから、大丈夫)と意を決してひとりで二階に上がってみることにした。
 階段を上がると、二階もクラブだろうと思っていた私の目に、とても質の高いキュレーションで構成されたギャラリー空間が飛びこんできた。びっくりして、びっくりしながらも、順路に沿ってゆっくり鑑賞していった。平面作品が多かった。音楽だけじゃなかった……現代美術だってハバナではこんなふうに花開いているのだ。私は驚きっぱなしだった。大きな絵の前で、若手作家ミーティングのディレクターのエウドリスと、アルゼンチンからの女子チームに遭遇して仲良くなる。
 奥には映像の流れている広い部屋と、その先にも映画館のような別棟があった。そこには入らず、一階に戻って屋外のポーチでお酒を飲んだ(誰が買ってくれたんだっけ?)。昨日の夜のメキシコの美人女子、マリエルに再会して、しばらく喋った。それからケティに先導されて、一階の奥の混み混みの大きなハコに分け入っていって、肩を揺らして、心ゆくまで踊った——東京の女の子の踊りかたを見せつけるみたいに。キューバのリズムとアメリカのヒットチューンが交互に飛びかうDJだった。ハバナで聴くブルーノ・マーズの24K Magicは、その時の私の気分に、それはもうぴったりだった。

日曜日。ジョギング1.5キロ。海にはやっぱりサーフィン教室の人がたくさん浮かんでいた。月曜日の朝、いつもより少し早く起きただけなのに、Eの仕事がすごく捗り、気持ちよかった。

ぺろのおやつ

土曜日。ジョギングがわりに、自転車で辻堂まで。空は薄い雲がかかっているけど、明るくて気持ちいい。藤沢市アートスペースに寄って、友達の顔を見て、うろうろと服を見て、デカフェのコーヒー豆だけ買って帰ってくる。ぺろのおやつを買おうと思って出かけたのに、買い忘れてしまった。少し読書。

晩ごはんはもやしとキクラゲの中華炒め、あさりと豆腐の韓国風スープ、ごはん。

蓄電している感じ

木曜日。TVerで「けもなれ」最新話見る。連載のための詩を書く。来週から、12月にかけて始まる取材や出演や、人前に立つ仕事、小学校でのワークショップ。馬力の要りそうな日々に備えて、蓄電している感じ。思考の向かうべき方向が見えづらくなっているように感じるのは、直近に控えている仕事が多様なせいかなぁ。このところ集中して小説を読んだので、小説ではない文章を読みたくなっている。何か、指針になるような……。鞄には、平凡社STANDARD BOOKSの『岡潔 数学を志す人に』が入っている。

ピーピーいう機械

水曜日、晴れ。月火と、少人数の飲み会が二晩続いた。午前中、隣の土地に家を建てる工事の人が、測量なのか、ずーっとピーピーいう機械を鳴らしていて、いつその音が止むのか気になってしまい、ぼーっとしてしまう。気分転換にシャワーを浴びて洗濯。午後はSkype会議、1時間余。会議の前にメモをつくっておいて良かった。ゆっくり徐々にではあるけれど、協働の相手が広がってきている。思いついたこと、考えたことをちゃんと話せば、相手も応えてくれると感じる。手応えがある。

晩ごはんは、さんまとトウモロコシごはん。テレビをつけたら篠原涼子さんが、寝るときは下着をつけないと話していた。夕飯のあと、ヨガ1時間。