もひかん忌

火曜日、月曜日の公演の最後にひろかずさんがくれた、黄色に紅いふちの滲んでいるカーネーションを一輪切って、出勤途中に、もひかんの墓に、供えに寄った。
死んだのは、もう一ヵ月も前になるだろうか。もひかんは、初台の緑道にずっと棲んでいた猫である。雄でふといしっかりした骨格をもち、去勢はしておらず、それでいて、悟りをひらいて発情期というものを忘れてしまったかのように、春だろうと秋だろうと、いつでも道のまんなかに座りつづけていた。夏には日陰になる側溝、寒くなってくれば停めてあるバイクの革張りのサドルの上。緑道に面した食堂の店主に見守られて生きていた。生きているときには、絶えず、緑道のコンクリートの花壇の脇に、水の皿と毛を梳かすブラシが置いてあった。秋のはじめごろ、しばらくもひかんを見ていないなと思っていたある朝、水の皿とブラシが、いつもの場所に見当たらなくなっていた。ああ、そうかと、わたしはあんまり静かにそう思い、そう思ったことだけを弔辞として、しばらく過ごした。緑道に沿ってすこし高くなった草むらの奥に、誰がつくったのか、発泡スチロール製の、緑色のビニールシートにくるまれた、内側に毛布の敷かれた、もひかんのための、よい箱があった。その箱があったところに、いまは、コンクリートのブロックが3つ、置いてある。その、ブロックの手前に、わたしはカーネーションを置いた。