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燕岳(1)

 九月六日金曜日夜八時、はじーと出発。ドラッグストアで炭酸水、カロリーメイト。初台交差点の吉野家で牛丼と瓶ビール、ちょうど千円。そのまま新宿まで歩いていく。涼しい。小学生向けの進学塾の前に、母親たちがたむろしている。こどもが出てくるのを、鳩のように待っている。ワシントンホテルの建物にはパチンコ屋がはいっている。このホテルに泊まる人はこれを見てどういう気分かしらと思う。 

 深夜バスを待つあいだ、西新宿の繁華街にあるスターバックスで私はアイスラテ、はじーはブレンドコーヒー。そのスタバのすぐ近くの立ち食い寿司を食べようと思っていたのに、牛丼でお腹がいっぱいになってしまったため。アイスラテを飲みながら(本は文庫で「ひかりごけ」と「怪談」を持ったのだけど)、山の地図ばかり見てしまう。これから行く場所の標高ばかり確認してしまう。セブンイレブンでおにぎりやビールやほろよいを買う。雑誌のコーナーに、安達祐実のヌードが表紙のがあって、何度も見てしまう。

 バス停、単独山行の三〇代らしい女の子や、長野・新潟方面へ帰省するらしい人や、見本のような山ファッションのおばさんの三人組など、集まってくる。このバスのとまる停留所のなかで、安曇野はいちばん近い。私たちがいちばん先に降りるらしい。

 バスが走りだしてから「怪談」を少し読んだ。「耳なし芳一」に出てくる甲冑のがちゃがちゃいう音が聞こえてくるようで怖い。「おしどり」で自害するめすのおしどりが怖い。怖いが、面白い。

 山梨のサービスエリアに「月の雫」(ぶどうを白い砂糖でコーティングしたもの)や「桔梗信玄餅」があって、帰りにお金が残っていたら買って帰りたいと思う。でもきっとそんなお金残ってないだろうなと思う。

 三時四四分、安曇野穂高停留所に時間通りに到着。まだまっくら。水の音が、じゃぶじゃぶ、ごぼごぼ、近い場所から聞こえてくる。なんという水量だろう。さすが北アルプスの天然水の源だと思う。あの動物のアニメのCMが好き。星がいくつか出ている。穂高神社の暗闇を通りすぎてセブンイレブンにはいり、また戻って穂高神社とバス停を通りすぎ、まだ灯りのついていない穂高駅の前に腰掛けた。駅前の暗がりでギターを爪弾いている人がいる。ロマンチックなようで、少し不気味。安曇野の案内板を見ていた私にタクシーの運ちゃんが近寄ってきて話しかけてくるので「バスを待つので大丈夫です」と断る。バスの時間までは二時間くらいある。運ちゃんがもう一度近づいてくる。今度ははじーのほうで「ほっといてくれ」と語気強めに言う。私は、女(私)の言ったことをちゃんと聞けばこんなふうに言われないのに、男のほうに怒られるまで分からないんだからなぁ、としつこい運ちゃんに呆れている。そのうち駅があいたので、待合室に逃げ込んだ。待合室の窓から、だんだん夜が明けていくのが見えた。霞に包まれた北アルプスも見えてきた。

(続く)