多摩丘陵のジャスミンティー

去年の秋の終わり、はじーと多摩丘陵を歩く会をやった。
わたしは最初、その丘歩きをかなり気楽に考えていて、前日にはじーから送られてきたはずの「かたらいの路」の地図がiPhoneに届いていないことに、高幡不動に着いてから気がついて、はじーに怒られた。地図がないと、歩きはじめるスタート地点が分からない。そのスタート地点は高幡不動の中にあるらしいのだけれど、出店のおばさんはそんな路は知らないという。結局、iPhoneでもう一度検索してなんとか目的の地図ページにたどり着いて、境内の脇腹にも、なんとか読みづらい地図を見つけて、温かいお茶を買って、歩きはじめた。
地蔵だらけの高幡不動を進んでいくと、上の方に開けた場所があって、よく遊歩道の柵として使われる嘘の丸太(丸太を何本も並べたように見えるけど、実は5本でワンセットの、コンクリ?と樹脂で出来た丸太)を積んである場所に出る。そこを抜けてもう少し進むと、ふしぎなほど静かな日野市の住宅街に出る。一見、うちの周りと変わらない住宅街なのだけど、ひょいと曲がり角を覗くと、ドーンと急な下り坂になって、その向こうに平地の屋根がビッシリ見えるので、ここが丘の上なんだとわかる。静けさも手伝って、下界の住宅街と切り離された、パラレルワールドの住宅街を歩いている気がしてくる。親戚の家に遊びに来たような二〇代くらいの女性の二人連れと、お土産のような荷物を手に提げて一人で坂を下ってゆくもう少し年上の女の人と、老人をたくさん乗せたコミュニティバスに、一度だけすれ違った。
道標を頼りに進んでいくと、住宅街の先に、多摩動物公園に沿っている山道の入り口がある。少し階段を昇るとまたビッシリの住宅街が見えた。ビッシリの屋根のあいだをモノレールが走っていって、お祭りで迷子になるみたいに屋根屋根の合間に飲みこまれて消えた。遠くのほうからもう一度現れるかと思ってしばらく眺めていたけど、モノレールは消えたまんま景色の中に戻ってこなかった。
多摩動物公園と山道をしきる茶色いフェンスにはいろいろな貼り紙があって、「この鉄板は、タヌキなどが柵をのぼり園内に進入するのをふせぐために貼ったものです。ご了承下さい。 園長」というのが一番多く、少し歩くたびに貼ってある。場所によっては、嘘〜ほんとは目隠しのために貼ったんでしょ?と思いたくなるけど、タヌキの存在をよろこぶ気持ちで納得して、歩いて行く。フラミンゴやライオンや園内放送の声の動物園がたのしい。たまに園内の猿が見えたり、人間が見えたり、コアラ館が見えたりする場所もある。遠景に猛禽類の巨大なケージ、前景に野生のカラスが見える場所もある。途中、水道タンクのある小さい公園でまた現れたビッシリ屋根をみながらはじーが作ってきたおにぎりを食べたり、偶然みつけた野鳥の会の情報センター(格好いい建物)が閉館しているのに文句を言ったり、よりみちしながら、また動物園沿いの道に戻った。
オランウータン舎の前に来ると、動物園の反対側のフェンスに穴が空いたみたいになっているところがあって、はじーが「あ、ここかな? や、ウーン、きっとここだ。ここを降りてみよう」と言い出したので、その、ほとんど崖崩れみたいなところ(かろうじて、腐った落ち葉にまみれて土に埋もれかけた丸太の階段がある)を降りていった。すると、大きくカーブした車道があらわれた。
崖崩れのなかで葉っぱががさがさ揺れる音がするので、いよいよタヌキに会えないかと思って覗き込んでいると、それはどうも野鳥らしかった。車道の向こうからウォーキング中の女の人が通りすがって、「何かいるんですか?」と話しかけてきた。はじーがそれに応えて上の道を歩いてきたことなどを話しているうちにふたりは多摩丘陵の眺望の話で盛り上がり、「うちすぐそこなんですよ」「いつかお邪魔したいです」「あ、いま来ますか?」。あれよあれよという間に赤い屋根のかわいいおうちに案内されると同時に、その方が上田みゆきさんというイラストやアートの仕事をしている方だということがわかり、そのひろびろした仕事場からはものすごい西日にそまる町並みビューと富士山がみえるのだった。わたしは、丘に住むとはこういう眺望が朝起きたらそこにあるということなんであるなぁ、不思議だなぁと、みゆきさんの波乱万丈のミノウエ話を聞きながら、みゆきさんがいれてくれたジャスミンティーを飲みながら思った。