忘れてしまいそう

スワニーの「わたしのエプロン」を観て、とてもよかったと思った、そのことをかきたいと思っている。
記憶のあいまいさや捏造加減、アフリカやアマゾンやの、遠い土地への憧れのこと、ピアノの弦のしみわたる感じ、壁にたてかけられたりカウンターに置かれたりしていたさまざまの鏡、豆をむく手と腕の筋肉の動き、ふたりずつエプロンをあわせて踊るダンス、
どれもよかったし、どれも、はかないことをきちんとえがきすぎていて、もういつでも、忘れてしまいそうだ。
忘れてしまいそう、というのは、舞台のうえで、確か、白いドレスの女の子/お婆さん、が言っていたのだ。
いえ、青い服のおかまさん/お爺さん/お婆さん、だったかなあ。
忘れることは、仕方ないし、思いだすことも、仕方ない。
それにしても近ごろわたしは、いろんなことを忘れすぎて、忘れることが当然になっている。誰でもそうなのか? そのことが、かなしすぎるし、安らかすぎる、と思うような、舞台だった。はかないことが、はかないまま、ちからづよい、そういうものをみたと思った。

SWANNY
スワニー 第一回公演「わたしのエプロン」
10月16日(日)サラヴァ東京 にて