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みなかみの記録(2)

教えられた角を曲がると、ゆるくゆるくのぼりながらカーブしていくコンクリートの車道が、きれいに除雪されて、延びていた。道のふちには、除雪車がつけた跡なのであろう、ぼこぼこした雪のフリンジが続いている。後ろを振り返ると、赤谷湖のある西の方角から南まで一面、なだらかな山ぎわが広々と見渡せた。
道の両脇に、樅の木の林が断続的に続いた。木の上にカエルの卵のように溶け残った雪の塊が風で落ちる、落ちるときにほどけて風に舞い散る、舞い散る白いつめたい粉が顔にぺたぺた当たってくる。その一連は、ほんとにルースパウダーやベビーパウダーの陽の光に舞うのとおんなじだ。
リサイクル品なのだろうか、倉庫のようなトタンの小屋の脇に、ペンキの缶のようなものや、ピンクと黄緑に塗り分けられた錆びたロッカーや、何かの部品のようなものがごたごたと捨て置かれて、それらもみんな雪をかぶって、地面になじんでいる。古びたタイヤの上に雪が積もって、お地蔵のようにみえる。雪の暴力、かわいい雪の暴力、とわたしは思った。そして、数日前に六本木のフランス映画祭で来日したアルノー・デプレシャンさんが「フランスでいちばんつまらない街でも、雪で魔法をかけることができる」といっていたのを、ほんの一瞬、思いだした。
道はどこまでもとろとろと登る。ときおり車が前から、あるいは後ろから、やってきて、いってしまう。もったいない、車たち。車は便利だけれど、ほとんどの車をわたしは嫌いだ。うるさいし、くさいし、危ないし、情緒がない。わたしが好きなのは、実家に帰ったときに母親が運転してくれる軽自動車と、すべてのバスと、きちんとした運転手が乗せてくれるタクシー(猿ヶ京へ送り迎えしてくれたガムのお兄さんの車も、ここへ含まれる)の、3種類だけだ。あ、あともう一種類。小説や詩やエセーのなかで、女たちがスピードをだして運転する車も好きだ。いまのところ、わたしは車の免許を持っていなくても不自由なく暮らせているけれど、この女たちの運転する車のあれこれを思いだすと、必要に迫られれば車の免許を取ってもいいなあと思う。そういう車は武田泰淳の「新東海道五十三次」や(武田百合子さんの「富士日記」はもちろんのこと)、多和田葉子さんの「アメリカ」や、伊藤比呂美さんの「とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起」に出てきた。パヴェーゼの「女ともだち」にも、確か出てきたと思う。車を走らせる女の起源は、どこにあるのだろう。
白石橋という名前の、平成になってから建った橋を通って、大峰沢を渡った。沢はどこまでも丸っこい白い大小の斑点で覆われている。沢のせせらぎの遠く近く流れる音と、車の近づいてくる音が、時々わからなくなる。林と畑と萱野と、それからたまに人家の生け垣が、交代で道の脇を埋めている。人家には犬が飼われている、犬は見慣れないわたしたちに向かって吠えている。数百メートルか、数キロメートルごとに、左に折れる道角に標識がたって、「大峰山」と報せている。
右手に平らな大地が見えだしたと思ったら、それは月夜野カントリークラブというゴルフ場なのだった。左手には小さい沼が出た。わたしたちは足をとめて、沼を見た。自分たちの靴音がやむと、とたんに音が、まわりの景色からなくなった。「ツィーチチ」「ツィーチチ」と、とても近くで小鳥の鳴く声がした。
沼に覆いかぶさる枯れ木の雪が「とさっ」という音をたてて落ちるたび、水面が揺れて、水面に映る裸の枝もその枝についた雪の斑点も全部揺れて、ジャクソン・ポロックの絵みたいになった。
ゴルフ場を通り過ぎると、今度はサイクルスポーツセンターが左側に現れた。サイクルスポーツセンターは「悪天候のため、本日は閉園します」といって、入り口にチェーンをかけていた。サイクルスポーツセンターならば休憩室のようなところがあるだろう、休憩室があればそこでトイレにも行けるしコーヒーでも飲めるだろうと思ったわたしたちの当ては、見事に外れてしまった。わたしは樅の林のかげで、雪のうえにおしっこをした。そして、あと700メートル先にあると標識の出ている見晴荘を目指すことにした。大峰山の登山口は、その見晴荘の、すぐ先にあるはずなのだ。
(続く。)