ハバナ日記(7)

 2月7日、水曜日。朝、ケティは着替えてくると言ってNのところへ行き、私はダニエルと近所の八百屋でパパイヤのようなトロピカルフルーツを買って、戻ってカットしてダイニングで食べた。甘く熟れていておいしい。ケティがNを連れて帰ってきて、ダニエルが持ってきた特別なワインのボトル(詩集の表紙がエチケットになっている)や、ネルーダの伝記の豪華本などをみんなで見た(ダニエルはアルゼンチン出身だけど、いまはチリに住んでいるそうだった)。昨晩の寝際の話をすると、N爆笑。ラテンアメリカンはtouchy touchy touchyよね〜と他人事のように言う。

 まったりした朝を4人で過ごしたあと、ハラルの店で昼ごはん、フムスなど。ビールも飲んじゃう。今日もラ・カバーニャ。Nはどこかでビールを大量に買ってきて、リュックに入れてちょっと怖いくらいの勢いで飲んでいる。ブックフェアの人混みに揉まれて、ケティの後をあっちへ行ったりこっちへ行ったりしているうちに、スペイン語がわからないことに、というより、何もわからないまま誰かの後をついていくしかないことに、いい加減ばくはつしそうになってきた。さらに、実はAlamarを水曜日に引き払わなければならないということがわかり、それって今日じゃん。いつ行くの?次はどこに泊まればいいの?とケティに詰め寄るはめになってしまった。さすがにまたダニエルのベッドに3人で寝るのは気持ち的に無理がある。なんとかベダードの民泊を2泊分押さえてもらう。Alamarは明日の引き取りでOKということになる。ディウスメルに会うなり、君のことがすごく心配だったんだよ、何かほしいものはないか、アイスいるか、これ持ってあげようか、とものすごい勢いで話しかけてきた。その話し方がまるで幼女を相手にしてるみたいで、気持ち悪かったので避けようとしたけど、何度も近寄ってくるので、ケティが割って入ってサヤカは子どもじゃないんだよ、くどいよと怒鳴ってくれた。だってサヤカが喋らないから心配で、というディウスメルに、満足してるから喋らないだけ、心配してくれなくて結構ですと私も怒鳴ってしまう。

 日暮れどき、バスに乗って、また別会場へ移動。例のお弁当の夕飯が出る。チェペと、一緒にいたメキシコのマイノリティ言語詩人のシュンと、小さなテーブルを囲んだ。私はウチナンチュやアイヌ語の話をした。シュンは去りぎわに、私のためだけにニチム語で詩をひとつ朗読してくれた。その音は星か小さな火花みたいに美しくて、しずかな、きれいな、癒しだった。
 ライブ会場のようなところで若いヒップホップ歌手のお兄さんが歌いだして朗読会が始まったけど、私は混乱の一日にもうぐったりだった。おまけにこの会場のトイレの汚さがこの一週間のなかでも最悪だった。ラ・カバーニャで昼間、簡単に挨拶しただけだったメキシコのマリエルたちと、会場の暗い玄関先ですこし話した。会場に戻ると、私がよっぽど不機嫌な顔をしていたのか、アダとオスマイルが水筒に入れて持ってきたキューバリブレをすすめてくれて、キューバリブレの謂われを教えてくれたり、ふたりで代わる代わる朗読会の通訳をしてくれたりした。優しさだ。あなたにどんなふうにこの景色が見えてるのか想像を絶するよ、字幕なしの映画みたいなもんかしら、とアダ。そのカジュアルな朗読会でやっとケティの朗読を聞けた。私に捧げる、と言って、アラーキーをモチーフにした詩をケティは読んだ。
 ものすごく疲れちゃったので、できるだけ早く帰って寝たいと言って、会場を早めに抜けだした。ケティが私とダニエルどちらの部屋に泊まるかという話になって、もしよければ久しぶりにひとりで眠りたいんだけど、でもダニエル、いい?と私が言うと、ダニエルは労るように私の手の甲にキスしてくれて、ユーアーグレイトと言った。君はものすごくがんばってる、という意味だと思った。帰る途中、公園で10分だけネットに接続。ダニエルの部屋からほど近い、ラウラというケティの知人のこぢんまりした民泊にチェックインして、初めてひとりきりになって眠った。今回のハバナでNとディウスメルの顔を見たのは、この日が最後になった。