ハバナ日記(6)

 2月6日、火曜日。朝早く起きて出発。途中のパン屋さんでおいしいチーズクロワッサンと水のペットボトルを買って、カフェのテラスでコーヒーを頼んで、朝食にする。カフェの給仕のおじさんが、笑いながらケティに何か言っている。私といると、ケティはすぐ観光客に間違われるみたい。
 角を曲がるとすぐ、あのジャングル・ガーデンの出版社があった。いつも旅先では紙の地図を入手するけど、今回はいまだに地図なしでケティについてまわっているので、場所の位置関係がさっぱりわからない。人待ちの間、りっぱな鉄製の白いロッキング・ガーデンチェアに座って、ふたりで出産についての意見交換など。前にここで会ったエッセイストのおじさんが来て、このときだけはタクシーじゃなく出版社のバンに乗って、ブックフェアのメイン会場であるラ・カバーニャへ向かった。
 ラ・カバーニャはスペインが作った要塞の遺跡だ。ブックフェアは盛大で、朝10時のオープンとともに続々とお客さんが乗りこんできた。家族連れも多くて、本だけじゃなく子ども用の雑貨やリュックやおもちゃ、食べものの屋台も出ているので、縁日みたいだった。ケティのはたらく雑誌社UNIONのブースで売られていた子供向け雑誌に、まどみちおの詩が掲載されていた。きょうもプレゼンで予定ぱんぱんのケティと別れて、ひとりになってあちこち歩いた。思えばこのとき、ハバナに来て初めてひとりになったかもしれない。木陰で深呼吸して、頭のなかでこれまでの出来事をおさらいした。雑誌や地図を買いたかったけれど、ここでの売買はすべてCUPで私の持っているCUCは使えないので、ネット回線を拾ってLINEしたりメールしたり、日記をつけたりして過ごした。要塞のなかは迷路のようになっていて、蟻の巣のように各部屋がさまざまな出版社や雑誌社に振り分けられてブースになっている。その迷路のなかを歩いているとき、初老の夫婦に声をかけられて挨拶すると、あなた先日の朗読会の方ね、「はだかんぼ」の詩(「テロリストたち」のこと)よかったわ〜!と言ってくださる。お礼を言って握手。知らない人にそんなふうに呼びとめてもらったのは初めてで、舞いあがってしまう。
 ブックフェアには毎年招待国というのがあるらしく、今年の招待国は中国ということで、会場の奥には大きな中国のブース。美しい絵本がたくさんある。私って中国人に見えるかなと思いながらうろうろする。誰も話しかけてくれないのでわからない。3時間近く歩くとさすがに疲れてきて、UNIONのブース前の道ばたにギャルみたいに座って今朝のチーズクロワッサンの残りを食べた。30分くらいそうしてぼーっとしていると、ケティがダニエルと一緒に来て私を見つけてくれた。ケティはまた別のプレゼンへ向かっていって、私は今度はダニエルとタクシーを捕まえて中心地へ戻った。青いきれいな車。ギャラリーのあるエキスポ会場で降りる(後になって、そこが最初にNと会った会場の反対側だったことに気がついた)。アダ発見。いつものお弁当をゲットする。ヤネリスに「食べ終えたらギャラリーに来てね」と言われる。スペイン語がだいぶ聞きとれるようになっている。
 ギャラリー内の教室で、エミリオやダニエルやチェペたちによる各国の文芸誌の紹介を聴講。すこし経つとケティも仕事を終えてきて、ダニエルと3人で、そこからほど近いホテル・ナシオナル・デ・クーバのテラスまでコーヒーを飲みにいった。ここは値段が高すぎるとケティは言ったけど、私やダニエルから見れば、都会のカフェの通常価格だった。このあたりから、3人で飲食したりタクシーに乗ったりするとき、私とダニエルがケティのぶんを軽くおごる感じになる。コロンビアから来ている詩人のお姉さま、カロリーナと相席になった。ホテル・ナシオナル・デ・クーバは見たところものすごい高級ホテルで、ゲイのカップルの席にはジャズを演奏しているバンドがいた。海の見える芝生の庭にはどこからか孔雀が飛んできた。風が強くなってきてテラス席のナプキンを飛ばした。ダニエルの民泊をケティと訪ねると、これがまたものすごく豪華で素敵な部屋だった。天井が高くて、調度品がたくさんあって、全部センスがよかった。ベッドだってキングサイズでスプリングはぶよぶよじゃないし、シャワーの水圧も高いし、庭はていねいに手入れされているし、さっきの高級ホテルより清潔なトイレがあった。一泊25CUC(2500円くらい)、Booking.comで見つけたという。そんな手があったのか…と私、思う。ケティがシャワーを浴びている間、ダニエルのベッドで小1時間休ませてもらった。官能的なまでに気持ちよくて、いいベッドのありがたみを思い知る。交代で私もシャワーを浴びた。それから近所の、かわいいボーイさんのいるイタリアンの店まで、夕飯を食べにいった。私はおなかの調子があまりよくなく、ほうれん草色のベジタブル・クリームスープというのを注文。その店でダニエルが赤ワインのボトルを1本買って帰って、家で続きを飲んだ。私は眠くなってしまって、この流れは、今日はもうここに泊まれるよね…と思いながら、またダニエルのベッドで寝た。ケティはこの数日の多すぎるプレゼンで疲弊していて、あの女上司への愚痴が溜まっていて、きょうは作家から酷い目にあったりもして散々だったらしく、飲まなきゃやってられないという感じだった。ふたりは遅くまで喋っていた。夜中、私の寝ているベッドに酔っぱらったケティとダニエルがおやすみのハグをしながらくすくす笑いながら転がり込んできて、私は(どういう展開…!?)と心配になったけど、そのあとは特に何事もなく3人で朝まで眠った。