コマドリ、捻挫、檜洞丸

丹沢湖ー西丹沢自然教室ーゴーラ沢出合ー檜洞丸ー犬越路ー西丹沢自然教室〕5/18

朝の丹沢湖からバスに乗って、箒杉と呼ばれている樹齢二〇〇〇年の杉の木のある場所を越えて、9時、西丹沢自然教室。登山の人たち、パッと見渡して三〇人くらいだろうか、混じって登山計画書を書く。

明るい広葉樹の穏やかな道の先に、白く光っているひらけた場所があって、ゴーラ沢出合という。白いのはぜんぶ、大小の石。ゴーラってなに。出合うというのは、川の流れのことだろうか、それとも川の向こうとこっちの人が石伝いに出合えることだろうか。どこまでも平たい場所で、登り道の続きを一瞬、見失う。

続きの登りはいきなりハシゴで、その先もずっと急な坂で、どんどん標高があがっていくのがわかる。林のなかの道で、たまに出てくるツツジの朱色が、怪しく女っぽく見える。途中から、富士山が林の隙間に見えるようになった。コガラが目の前の枝まで来た、私に興味があるみたいに。道が整備されていて、傾斜がきつくても愉しい登りだった。途中から木道になって、その下にミズバショウみたいな雰囲気の群落をつくっている植物は、コバイケイ草というらしい。最後の登りは視界がひらけて、富士山もその手前の東丹沢山系の山々も、海も、沖の伊豆大島まで、ぜんぶぜんぶ見えた。

頂上(檜も洞も見あたらない)で昼ご飯、落合館で作ってもらった鮭と昆布のおにぎりとたくあん。お湯を沸かして紅茶を飲む。「山でコーヒー淹れると淹れている間に少し冷めるのが残念、紅茶は温かいまま飲めるからいい」とわたし言う。はじー同意。

くだりが始まってすぐ、また絶景。こんどは海が見えないかわり、富士山の下腹をスプーンですくったみたいに山中湖が見える。自分がいまいる場所と富士山の頂上が同じくらいの高さに見える。そこまで、遮るものがなんにもない。目が喜んでいきいきした。

ぶなの明るい林の稜線を、いくつも小さい峠を越えていった。途中で双眼鏡を出して、木の枝のうえ、ヤマガラシジュウカラを見た。ウグイスは声だけ。林をどんどん歩いていくと、三歩先の地面にコマドリがいた。図鑑で見るのと同じ、オレンジ色のからだで、真っ黒い点みたいな目で。地面をぴょんぴょん跳んで藪のなかにはいっていったのをしばらく観察して、見えなくなったと思ったら大きな声で鳴いた。「ヒンカララ…と馬のいななきのようなさえずり」と図鑑に書いてある、ほんとうにその通りの声で。

ああ、鳥を見ることを始めてよかったなァと、元気な気持ちになって、コマドリパワー!とかふざけて喋りながら、笹藪をどんどんどんどん抜けていたとき、木の根につまづいてはじー捻挫。しばらく、もんどりうって地面に転がったまま、左の足首をおさえて、痛そうな顔をした。間一髪、くじいたとき体重を全部は乗せなかったから、なんとか歩けそうと言って、避難小屋まであと30分くらいだったので、そのまま歩いてしまうことにした。とたんに無口な歩きになって可笑しい(私はこういうときとてもひどい)。避難小屋の外にある台のうえで、私の持っていたテーピングテープをありがたく施して、陽が落ちてあたりが薄暗くなってくるのをヒヤヒヤと感じながら、なんとか帰りのバス停まで歩ききった。

自然教室の前のベンチで最終バスを待つ間の1時間に山はすっかり暗くなって、山際からすーっと蜘蛛の糸の絡まったみたいな雲が幾筋も縦に伸びていた。それをはじーは、あの綿の、ぱーってやるやつ、と疲れで眠い赤い顔をして酔っぱらいみたいに何度も言って、それは何日か前にテレビで見た、綿花を何枚も何枚も台に拡げて重ねて高級真綿布団を作る夫婦の動作のことなのだった。

 

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