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大島・よあけ・台風(5)

 ライブは、吟ちゃんという歌手のライブだった。細い路地の先にある大きな家の広間に、近所のおじさんたちやお姉さんたちがどんどん集まってきた。「駅」で一緒だった赤いTシャツのお兄さんと女の子のカップルは、吟ちゃんの追っかけをして、大島に来たんだそうだ。お兄さんはその日、六二歳の誕生日だったらしく、バースデーケーキでお祝いされていた。「女の子大好き。男はどうでもいい。」が口癖のお兄さんだった。
 〈吟ちゃんが歌った歌の題名〉
命舟(大島の歌)、Fly Me to the Moon、アニーローリー(替え歌で)、酔いどれ女の流れ歌、ヨイトマケの歌、のんびり、旅に出よう
 吟ちゃんの声が、家の柱や絨毯にしみこんでいく感じが、すごくよくて、涙が出た。
 みんなでオアシスへ帰ってきて、宴会した。ライブに来ていなかったともくんというお兄さんも来た。おいしい冷たいもちもちしたタイ焼きをいただいた。


9月20日、火曜日。
 朝遅く起きる。晴れ間。雨が降る前に、スーパー「べにや」で、ヨーグルト四個パック、りんごジュース、お茶、スキンケアセット、お土産の塩二種類、一六八〇円。郵便局で、五〇円切手3枚。ヨーグルトを食べて本を読んだ。下で声がすると思って、窓から覗いたら、ジョージさんたちが帰るところだった。
 気がつかないうちに、しとしと雨が降ってきた。お昼はしまちゃんの運転で、ふたりでカレーハウス木里吉里(きりきり、と読む)に食べに行った。木のうっそうと繁ったなかの道をまっすぐ、「千と千尋の神隠し」のオープニングみたいにばきばきっと走っていって、ぽかんとひらけたところにログハウスがふたつ建っていて、そのひとつが、木里吉里だった。着いた頃には雨がどしゃぶりだった。ぽかん、の周りの木の緑が白っぽく霞んで、きらっきら、きらっきらしている。お店に入ると、生成りの袖無しのワンピースを重ね着した、森のなかに住んでいそうな女の子が、カバーをはずした文庫本を読んでいた。出窓の網戸のところに、昨日わたしのスパッツにくっついていたのと同じ小さい茶色い蟻がたくさんいて、食べものを運んでいる。わたしは虫が苦手なのに、大島ではふしぎと虫が怖くないことに気がついた。

〈しまちゃんと話したこと〉
車の免許のこと。
晴れ男のジョージさんが帰ってしまったから、雨が降ってきたということ。
おじいの色気のこと、島の人の色気のこと。
大島のいいところ。大島に住みたくなること。

〈木里吉里のおばさんの話〉
 ここの二階に住んでいる。誰かが泊まりにくることもある。宿泊施設の申請をしていないので、友達だけ。
 野菜は裏で自分で作っているのと、近くの有機野菜の畑からまわしてもらう。皆さん、きゅうりがおいしいと言う。冬はどうしてもスーパーの野菜になる。ピザの生地は酵母から作っている。毎日、出しものが終わってから仕込みが大変。老体にむち打ってやっている。わたしもう古希なんですよ、七〇歳。このお店十二年やってるんだけど、いやな思いを一度もしたことがないのよ。これ、みんなに自慢するの。注文間違えたりいろいろするんだけど、どのお客さんも笑って許してくれる。
 焼き鳥屋の駅のよっちゃんは主人の甥っ子。おいしいよね。ぶすーっとしてるけど。(でも優しい、としまちゃん。おばさんは、そう?と言う。)そこ(お店の手前のログハウス)は陶芸教室。私も通ってこういうの(お皿や小鉢)作ったの。新島ではガラスの体験教室も出来る。新島とイタリアの○○というところにしかない土から作るガラス。きれいでしょう、だから自然のものがいちばんなのよ。

 岩のりピザと三種のカレーとサラダ、しまちゃんと半分こして、サラダはひとつずつ食べ、全部で三千二百円。わりかんにする。お店のこぢんまりしたお土産コーナーで、手がきのイラストの絵はがき二枚、三百円。椿やトビウオ(二枚にまたがって描かれていておもしろい)や明日葉のイラストに、言葉が添えられていたり、いなかったりするもの。あんこさんの人形がふたつ描いてある絵はがきにした。絵の横に「伊豆大島あんこさん」とかいてある。一枚はなこしに出すため。一枚は自分に。台風が来る直前の船で、しまちゃんは東京へ帰った。