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アメリカの風カフェに吹く

木曜日、アメリカの30代の詩人が来るときいて、わくわくしながら「吹きわたる風、アメリカの風」という朗読イベントへ出かけた。麻布にある、スイッチ・パブリッシングのRainy Dayという本屋カフェ。六本木で地下鉄を出て、Googleマップを頼りに20分くらい迷わずに歩いて着いた。知らない場所へ、地図を読みながら行くのが大好きだ。いい地図や悪い地図があるけど、地図はたいてい正確。その正確さにわたしが応えれば、迷わない。でも、麻布というところはとても瀟洒だから、ちょっと路地へ入ってしとしと歩けば、注文の多い料理店みたいに、薄暗いお店のドアがいまにもぎらっと開いて、取って食われそうな気がしてしまう。のまれるなのまれるなと念じながら歩いた。でもやっぱりのまれて、会場についてしばらくはなんとなく憂鬱に過ごした。
東海岸の英語でスピードに乗るジョイエル・ミックスウィーニーさんの朗読がとても良かった。意味がところどころしか分からなくても。英語できいたから分からなかったのではなくて、そのあと伊藤比呂美さんが日本語訳を、ジョイエルさんのスピードそっくりに読んだときも、意味はところどころにしか分からなかった。スピードが分かった。それだけで愉しかった。意味が、車に乗っているときに通りすぎる看板のように、びゅーんと通過していくのもよかった。詩の朗読をきくときには、それはほぼ9割がた、スピードと声の湿りけをきいているのだ。そのとき詩の意味がするする入ってくるってことは、めったにない。めったにないから、たまにあると、ぎょっとする。
アメリカから来ていたのは、ジョイエルさんと、そのだんなさんのヨハネス・ゴランソンさんで、トークショーで、ジョイエルさんが "Our universe is so different. If i am a drug addict, he is drug" (私たちの宇宙はまったく違うものです。もし私が麻薬中毒者なら、彼は麻薬そのものです。)と言っていたのが、いちばんふたりの詩をよく言い表してると思った。
今年は朗読を聞きすぎている、朗読のイベントに行きすぎている気がするのだけど、でも木曜日は、きいているうちに憂鬱が晴れていって、てことは、いい声をいっぱい聞いたってことだ、と思った。聞けない声、聞きたくない声を聞いていれば、どんなに調子がよかったとしても、だんだん憂鬱になってくるので、それは感想というより、体調でわかる。