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「移動する必要」

今日から発売の「現代詩手帖」9月号・伊藤比呂美特集に、「移動する必要」という短いエセーを書きました。谷川俊太郎さんがかいた「比呂美さん」という詩や、先日の「伊藤比呂美を大いに語る」会の様子なども読めます。いつになく、表紙がかっこいい号です。

現代詩手帖 2011年 09月号 [雑誌]

現代詩手帖 2011年 09月号 [雑誌]


わたしの書いたエセーは、「手・足・肉・体」という本の冒頭にある「夢みることをやめない」という詩についてです。この本は、石内都さんが撮った伊藤比呂美さんのヌードと、伊藤比呂美さんの詩で構成されています。
「夢みることをやめない」には詩人とタクシードライバーが出てきます。詩人はタクシードライバーに、詩人の秘密を教える。タクシードライバーは詩人を、「誰もその意味を知ることのない風景」へ案内してやる。この詩を読むと、わたしはどちらかというと、詩人よりタクシードライバーになりたくなる。タクシードライバーに同一化して読んでしまう。だけどこの詩を語っているのは詩人であって、タクシードライバーではない。この詩のなかでタクシードライバーは一度も喋らない、ずっと黙っている。そう考えると、わたしは、詩人の役をやるのもいいなと思う。黙っているものを翻訳する詩人の役を。

あんたは人気タクシードライバーだと思うわ、固定客だっていっぱい持ってる、年がら年中予約は入りっぱなし、流していても、すぐに客は見つかる、客があんたを見つけるのよ、でもあんたはのらくらで、なにもしない、夢みるだけで終わるのがあんただ、ああいらいらする、あんたを見てると、まるで、吹き出す前のにきびみたい、と詩人がいった。でも、移動してる、移動してるだけで人生の目的は達してると思うの、そう思わない?
(「夢みることをやめない」より)

手・足・肉・体―Hiromi 1955

手・足・肉・体―Hiromi 1955