実務と雑務

土曜日。
午前中は今度出演するライブの練習で、チェロをかついで近所のスタジオへ行った。数年ぶりに担ぐチェロの重さが変わっていなかったから安心した。自分のむねに寄りかかっているチェロから音が出るというのは何度やっても、いい。一度、やってみてください。チェロを弾く前と弾いたあとにある一連の儀式、ケースから出して、お尻のねじをゆるめて一本足を引きずりだす、一本足の先のゴムキャップを外してポケットに入れる、一度横倒しに置いて、弓を張ってその弓に松ヤニを塗り、楽譜を譜面台にセットする、それから正しい姿勢で座る、右手で弓をもってチェロを起こす。一本足が床に斜めに突き刺さる。清潔なクロスで弦についた松ヤニを拭く、弓をゆるめてケースにしまう、チェロも一本足を格納して足の先のとんがりにゴムキャップをつけてケースにしまう。というのもいい。わたしのチェロはドヴォルザークというチェコの工房のチェロだ。わたしはチェロがへただ。
午後、東京国際映画祭オープニングの六本木ヒルズへお仕事に。「酔いがさめたら、うちに帰ろう。」という映画の東陽一監督のQ&Aをきいた。そのなかで監督が、「死ぬ3分前にもわたしは笑うでしょう」といったハンナ・アーレントの言葉を引用して、ほんとうに深刻な悩みを抱えている人は、それをことさらに深刻ぶって語ったりしないんですよ、という旨の話をしたのが身にしみて、おもしろかった。Q&Aが終わっても、監督は映画館の外の噴水の前で、映画をみおわった人たちの質問や感想をずっと受け続けてとても楽しそうに喋っていて、その光景はほんとうにずっと見ていたくなるくらい、よかった。それから六本木ヒルズの毛利庭園に面したクレープ屋さんでクレープとコーヒー。移動して、渋谷へ行き、はじーとLabiでテレビを物色して、それから東横線に乗って、横浜方面へ向かった。
夜、blanclassで原口典之さんが公開制作でつくった平面作品の展示を見て、原口さん本人と、東京国立近代美術館副館長の松本透さんと、blanclassの小林晴夫さんとの話を聞いた。スライドを見ながら、オイルプールの話、「つくりたくない」話、スカイホークの話、工業製品の話、マレヴィチの話。あっという間に二時間過ぎた。原口さんの言った、「実務」と「雑務」のさかいめなんてどこにもないという言葉が、残っている。原口さんが喋っている途中に缶ビールをぷしゅっとあけて飲んでいて、もう一缶ぷしゅっとあけて飲んでいて、トークが終わった後にわたしはこっそりその缶を持ちあげてみた、そしたら二缶とも空だったことが、残っている。