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土牛さんとmotherと藤八

土曜日、広尾の山種美術館へ、奥村土牛さんの絵を見にいった。なこしと。
土牛さんのデビューは三十代後半と遅い。だけどそれが何だ、土牛さんが五十代六十代、七十代八十代と生きてるかぎり描きつづけていった絵、どれを見ても、あ、ああ、あああーと眺めいってしまう。それはたぶん、鋭い目でこっちを斜視しているずぶとい脚の軍鶏も、まろーんと姿勢良くすわっている舞妓さんの肖像も、天守閣と青空を見あげる景色も、まるで子どもが描いて金賞を獲ったよ!みたいな無邪気な喜びに満ちあふれていたからで、そんな絵の前ではわたしはやっぱり例のごとくにこにこにやにやしてしまうのだった。
日本画の知識が全然ないわたしには、それぞれの絵のキャプションに書いてある「土牛の手腕」「土牛の技術」のようなことばは全然ぴんとこなくて、その描く対象にこんなに向かい合ったんだ、ってことがこんなにまるまる絵になっている凄さは、手腕とか技術なんてことばをかるく跳び越えて、目の前にあるような気がした。(でもやっぱりきっと、あの格好いい空白、画面の三分の二を何も描かずに残せる勇気や何かには、技術の裏打ちがあるんだろうと思う。)
大きな海の絵の脇に、土牛さんがあぐらをかいて大きな刷毛をもって海の水をかいている写真があって、その土牛さんの姿のかわいさ、自由さに、あとでなこしとわたしは飲みながら、長生きして、できるところまで、おもしろく変形しようと、誓ったのだった。

美術館の喫茶店で土牛さんにちなんだ和菓子(それぞれ泰山木のお花の練りもの、蛤の練りもの)とお茶(それぞれ金箔入りの緑茶、桃烏龍茶)をいただいて、恵比寿を抜けて中目黒まで歩いて、motherのフラッグショップに初めて入った。そのお店は、以前なこしと中目黒に来たとき、偶然入ったお茶屋さんがあった物件だった。eriちゃんの仕事のひとつひとつに、思いの込められように、胸がいっぱいになって、それはお店を出てからもじーんと溜まっていって、目黒川沿いを歩きながら、わたしは発作のように「いいなぁ! mother、いいなぁ!」と、叫んでしまった。なにかきれいな服を着てお呼ばれする機会に早くめぐまれて、そのためのドレスを早くここに買いに来たいと、強く強くおもった。

それから、藤八。なこしと二人で入るのに、これ以上うってつけの店があろうかというくらい、おいしくて安くて、いい飲み屋だった。そうだ、中目黒はなにもしなくても中目黒なんだから、気取らないで、これくらいざっくばらんで、ちょうどいいんだ。