みなかみの記録(4)

山を降りはじめると、あかげらが木の幹を叩く、か、か、か、か、という音がした。歩いていると聞こえないので、立ちどまる。立ちどまりながら、歩いた。山の景色はずーっと変わっていった。熊笹や、萱原や、細い側溝をながれる雪どけ水や、針葉樹を伐採したあと、倒れた木がそのままになっている山の斜面を横目にみながら、降りて降りてずーっと降りて、見晴荘がもうあんな高くて遠いところにある、のをたまに振りかえりながら、里まで降りて、大きな家を何軒か過ぎて、新幹線の上毛高原駅まで辿りついた。このあたりで、GPS機能をつけっぱなしにしていたあいふぉんの電池が、切れた。ずーっとおしっこしたかったので、ダッシュで駅のトイレにはいった。きれいなトイレ。
がらんとして寒々しい感じのする駅の、改札の前の広場に売られている土産物を、わたしは落ち着かない犬のように歩いて調べてまわって、すみっこの売店で、会社へのお土産にりんごチップを買った。はじーは切り株のかたちの腰かけに座って、缶コーヒーを飲んでポッキーを食べた。外国人の家族が、ピクニックの格好で、わたしたちの前を歩いていった。尾瀬に行くのかな、と思った。
それから、沼田駅行きの路線バスに乗った。
沼田は、「みなかみ紀行」で牧水が仲間と泊まって別れた町だったので、行ってみたかった。それに、「TOKYO MINI HIKE」でみて気になっていたパン屋、フリアンもあった。バスは、行きに電車を降りた後閑駅を過ぎて、20分くらいで沼田駅のロータリーについた。
沼田駅は丘をぐっと下ってきた低いところにあって、フリアンを目指して歩き始めると、思いがけない急な坂を登ることになった。「あれ、いま、山登ってきたんじゃなかったっけ?」とわたしは言った。ふしぎな格好の屋根つきの階段が正面にあって、わたしたちはそれを迂回して車の道を登ったのだけど、あとから、それが沼田の人みんな使っているらしい、ぺですとりあん用の階段であることがわかった。息をきらして坂を登りきると、そこへ、沼田のおっきな商店街が始まっていた。

(つづく。)