読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ある地域に特有の、

4月3日 土曜日
あんぬと聖子さんにお供して、三島にある伊豆写真美術館の「時の宙づり」展へ行き、オープニング企画のジェフリー・バッチェンさんの講演をきいた。19世紀の終わりから、各地域、各時代に数限りなくある、制作者不詳、撮りびとしらずの写真の来しかた(バッチェンさんは「写真の行動パターン」と言った)を「ヴァナキュラー写真」という仮の名でくくって、テーマにした展示と講演。展示のセンスがよくておもしろかった。亡くなった人の毛髪をこまかく編んでつくったブレスレットとか、日本の明治の写真屋さんが自分の写真と来歴をプリントした壺などがあった。ダゲレオタイプ写真というものを初めて見た。ガンダムのお菓子のおまけのレアなカードみたいな感じだった。鏡に写したのや、鉄に写したのや、肖像写真を加工して立体にしたのや、単純に、写真というくくりで初めて見るものがいっぱいだった。
行きの電車の中で食べようとそれぞれ買ったりつくったりして持ってきたお弁当が、予想外に混雑した電車のなかでは食べられず、わたしたちは根府川を通り過ぎるあたりで春の海をバックにした桜を電車のなかからお腹をすかしたまま眺め、三島駅からシャトルバスで丘へ登り、それから美術館の奥の自然公園でもまた桜を見ながら、あんまりお腹がすいて聖子さん曰く「飲みこむように」各自のお弁当を食べた。桜なんてほんとうにどこにでも咲いていた。そしてことごとくソメイヨシノだった。何という品種か知らないが、その通り一遍の桜色に混じって咲いている、真白い花のついた桜がかわいかった。丘には「クレマチスの丘」という名前がついていて、淡黄色のクレマチスがぽちぽちとエントランス沿いに植えてあった。手の行き届いたガーデニング、緑の芝生に白い花が咲き溢れている感じで、ロメールの「我が至上の愛 アストレとセラドン」を思いだしてしまう。
夜九時を過ぎて、疲れはてて東京に戻ってきて、都会であることに安堵して、一緒に戻ってきた恵比寿在住のA田さんに教えてもらった「ちょろり」で四人でラーメンを食べた。三島は意外と遠かった。


伊豆写真美術館「時の宙づり—生と死のあわいで」 開催中〜8月20日まで