読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

いっぱい

WEB制作の仕事の忙しさの波が寄せつづけていて、嬉しかったり、つらかったりしているうちに、今月も生理がきた。一年以上前に歯ぐきが膿んで手術したところにまた違和感がきて歯医者に行くと、それは口内炎のように、疲れが溜まると顕れるものだと先生が言った。金曜日、夜10時ちかくなって会社の椅子に座りつづけていると、顔の肉がぜんぶ下に落ちているような感じがしてきた。デザイナーさんがわたしの席に近づいてきて、顔をみて「ぼろぼろだねぇ」と言うので、やっぱり落ちてた、拾わねばならぬ、と思った。終電近くまで、といっても1時間半だけ、システムエンジニアのゆーこさんと立ち飲みに寄って、(あー、酔ってってる、酔ってってる、)と、自分とゆーこさんの声を気持ちよくきいて思いながら、どんどん過ごした。ふだん、仕事はそれこそ波のようにやってきて、打ち上げのタイミングがいつなのかなんてさっぱりわからないから、たまに飲んだときは、それを何かの打ち上げってことにする。自分たちが入った頃にやめていったひとたちは、すごく長くこの会社にいたように見えて、いま考えると2年足らずだったりして、いまの自分たちはもうそれを追い抜こうとしてる。また飲む約束をして、混雑した地下鉄に乗って、ゆーこさんと別れた。
土曜日はひーちゃんと映画部の第二弾。「キャピタリズム マネーは踊る」を観た。カフェ砂漠の新宿で、ぐうぜん見つけたEAST END COUNTYといういい感じのカフェにはいって、映画の話、漫画の話。ひーちゃんは、吉田秋生という漫画家の「吉祥天女」という漫画をわたしにおすすめしてくれた。それから、ルイ・マルの映画は「地下鉄のザジ」より「好奇心」とかそのほかの作品のほうがおもしろいらしい。わたしはザジしか知らなかったので、情報が嬉しい。ひーちゃんがヴィスコンティの映画を観たことがないというので、わたしが「山猫」のおもしろさを力説して「あのひと(ヴィスコンティ)は自分が最後の貴族だと思ってるから!」というと、ひーちゃんは大笑いして、「みるみる!」と言った。ひーちゃんと話していると、こんなに映画の固有名詞をを気兼ねなく口にできることに、あっけにとられてしまったり、嬉しくてしょうがなかったりで、忙しい。こうやって一所懸命思いだして口にしていれば、ボケ防止にもなっていいなぁ、なんて、ばかなことまで考えた。
言いたくても言えないことが山のようにあったとしても、わたしたちは、話すことができる。たのしく過ごすことができる。
こんなふうにぽつぽつ女友達のことを思いだしたり、考えたりするのは、きのうはじーの新しい小説を読んだからに違いない。