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三頭山の記録(3)

階段を降りてロビーの脇の渡り廊下を通っていくと、さっき間違って入りかけた別館の廊下に繋がって、それはそのまま何度か折れ曲がるうちに縁側になって、縁側に面した広い和室が現れた。縁側と和室のあいだに、大きな石油ストーブが置いてあって、大きなやかんがのっている。わたしたちの席の隣に、初老くらいの夫婦がきて座った。奥さんのほうが旦那さんよりも10歳くらい若く見えた。わたしは百合子さんと泰淳のことを思い出さずにはいられなかった、というより、わたしにはこの夫婦がもう、百合子さんと泰淳にしか見えないのだった。
山菜膳に入っていたもの:たらのめ、ふき、こんにゃく、みょうが、またたび(どんぐりみたいな形)、あけびの皮、山椒の葉(土の味がする)、しその実、ずいき(いもがらともいう、ピンク色のふかふかした食べもの)、ニセアカシヤの花と実(酸っぱいような甘いような花の味)、ゆりね、むかご、切り干し大根、きゃらぶき、大根酢のもの、ぜんまい、ゆずの皮。茶碗蒸し、わさび漬け、白和え、角切りの山芋にわさびをのせてあんをかけたもの(とてもおいしい)、うなぎのお刺身、猪豚のお鍋(甘い大根のようなものが入っていると思ったらそれは梨)、岩魚の焼いたの、まっしろい刺身こんにゃく。さいごにてんぷらとご飯と味噌汁が出てきて、あまりにもおなかがいっぱいというよりも胸まで含めた胴体ぜんたいがいっぱいで、少しだけ残してしまった。
広い和室のまんなか辺りに柱が四本建っていて、そこだけ天井が高くなって仕切られている。その正方形のなかに立ってみると、この山荘の初代の女将の絵がかけてあるのが見えた。格好のいい、厳しそうなおばあさんの絵だった。その向かいに、その後の主人の絵が三枚、同じようにかけてあるが、おばあさんの絵だけ、胸張って大きい。女将と主人たちに挟まれるようにして、神棚がある。正方形から出て、和室の壁際に飾ってある調度品を眺めてみていると、秋篠宮さんが遊びにきたときの写真が、壁に何枚も飾ってあった。食器をさげにきた女将さんにはじーが「いまは何代目なんですか」ときくと、女将さんは「十八代目です」と言った。
部屋に戻るとお布団が敷いてあって、奥の板の間の蛍光灯に、かめむしが二匹、とりついていた。
(続く)