三頭山の記録

11月14日、土曜日。八時過ぎに起きる。明るいとも暗いともいえない空から、雨がしらしら降っている。私に続いてはじーもすぐ起きる。起きてすぐ、昨日の晩のうちに炊いてあったご飯でおにぎりを作った。具は梅だけ。はじーが梅の種をとって梅肉をたたいてご飯で包んで海苔を巻いて、それを私がラップでくるんだのを四個作った。ご飯は二合分くらい。かたちは、まるくて大きい田舎ふうのにした。ゆで卵も、昨日の晩に固ゆでにしておいたのをアルミホイルでくるんで、塩も別にアルミホイル片に包んで、おにぎりと一緒にお弁当袋に入れた。
九時前、出発。雨なので傘を差して歩く。はじーはさっき起きる直前に寝床でなにか仕事の案を思いついてしまったらしく、そのことを考えているので視線がうらがえっている。初台のセブンイレブンに寄って、はじーがお金をおろしているうちに買いもの。ばんそうこう10枚、梅昆布、いろはす、からだ巡り茶、たくあんと菜っ葉の漬けもの、678円。予定より一本だけ遅い電車に乗る。お菓子が足りない気がしてきて、新宿駅でゆず味のグミも買う。青梅線の快速に乗って、はじーはまだなんとなくうらがえったまま黙りがちで、私はリュックに入れてきた国木田独歩の「武蔵野」を続きから読んだ。立川を越えて中神という駅のあたりまでくると日が差してきて、景色も武蔵野らしくぽそぽそと林が散在してきて、それがところどころ紅葉したり霞に煙ったりしている。拝島で乗り換え。乗り換える先の電車は扉がボタン式になっていて、ボタンを押さないと扉が開かない。開いている扉もあるのに、わざわざ前の方の車両へ行って、開いてない扉をボタンを押して開けて乗車した。車内はすいていて、斜め前にわたしたちと同じようなハイキングふうの格好をした中年夫婦が座っている。正面にヒップホッパーくずれのようなお兄さんが寝ている。作ってきたおにぎりを私一個、はじー二個食べる。漬けものもつまむ。はじー「このご飯は昆布だしで炊いたんだよ」と言う。
武蔵五日市駅でまたボタンを押して外に出ると、思いがけずまだ雨。さっき日が差していたからもうやんだかと思っていた。びっくりしてホームの屋根の下のほうへ駆けこんだ。はじーは雨に打たれても平気であとからついてきた。駅を出ると南口がロータリーになっていて、バス停とタクシー乗り場があった。10分後に来る10時40分発のバスに乗ることにしていたけど、私もはじーも一時間以上移動してきたので疲れて休みたくなった。
駅の並びに一軒だけ、パン屋兼カフェ(名前は「パニッシュ」という)があった。北口にも何かあるかと思って行ってみると、まったくただの駅の裏で、駐輪場以外何もなかった。また南口に戻ってきて、パニッシュに入った。ブレンドコーヒーとミネストローネを注文して二階にあがった。制服を着た中学生くらいの女の子とお母さんが一組、自治会の話をしているおじいさん二人、カウンターでつっぷして寝ている女の人ひとりがいる。次のバスが来るまであと一時間以上あることに、私たちは席についてから気がついた。
はじーが「なんか書けるものある」と聞くので私は持ってきた堂地堂のメモ帳(スケッチブックのように紙が固くて書きやすい)から一枚切り取ってあげようとすると、「そんなきれいなのじゃなくていい、汚いのでいい」というので、新しいのではなくてちょっと予定やら何やらがごにょごにょと書いてあるやつを渡すと、はじーはよろこんでその裏紙に、ミネストローネを飲みながら、さっき思いついたらしいことを書き留めはじめた。私は「武蔵野」の続きを読んだり、ついったーをチェックしたりして過ごした。「空が明るくなってきたね」とはじー言う。11時40分ごろ、近所に住んでいるらしいおばあさんが三人集まってきて、さっきのおじいさん二人が帰った後の席に座った。「足が悪いどうし、ゆっくり歩いてきたよ」と言っている。カウンターにも、ひとりのおばあさんが座っている。寝ていた女の人はいなくなっている。
外に出て私がバスの路線図や足もとの落ち葉をカメラに撮ったり、はじーが煙草一本吸っているうちに、11時59分発のバスがロータリーに入ってきた。路線図は南北が普通の地図と逆向きになっているので、はじー気持ち悪がる。でもそれは、路線図の前に立っている人の向いている方向に合わせて作られたものだったので、私にはわかりやすかった。駅前から右奥の方にずーっと進んで行くと三頭山があることになった。
バスでは一番後ろの座席に座った。バスが駅を出て走りだすとすぐ、もってきたゆでたまごをひとつずつ塩で食べた。それから残りのおにぎり一個も半分ずつ食べた。二つめか三つめくらいの五日市高校前というバス停で、制服を着た女の子や男の子と、その母親らしい女の人とのセットが三、四組、ぞろぞろと降りた。たぶんパニッシュで見た親子も混じっていたんじゃないかなぁ。受験シーズンにはまだ早いので、高校の説明会かもしれない。「さっきあの親子たちみんな、歩いていくかバスに乗るか迷って相談していた。結局みんなバスに乗ることにしたんだな」とはじー言う。なぜかみんなお金を払わないで降りようとするのか、運転手がしきりに「お金を払ってください」と言っている。中学生たちはバスに乗り慣れないのか、「お金は両替してから入れてください」とも言われている。
それからすぐ、お店や人家の向こうに赤い葉っぱや黄色い葉っぱの森が覗きだした。「左側はすぐに土地が低くなってるんだね」と私が言うと、その低くなっている下に流れているのが、秋川だった。馬場(ばんば)というバス停を過ぎたあたりから、急に道が山に入っていく。バスに乗っていた人もどんどん降りていって、あっというまに乗っているのはわたしたちだけになった。「われわれだけのために山に登ってもらって悪いね」とはじー言うので、「でもこのバスは誰も乗ってなくても山へ行かなくちゃいけないんだよ」と私言う。「そうか、それじゃむしろわれわれが乗ってたほうがいいのか」と、へんな論理をたててはじー言う。
家並みがどんどん減って、秋川の流れと紅葉が続いているなかを流れに沿ってバスはどんどん走っていって、そらはどんどん晴れてきた。バスを両側から挟んでいる赤い葉も黄色い葉も針葉樹の緑も、みんなぴっかぴっか輝きだした。きょうは宿の手前の数馬というバス停の近くにある温泉センターに行ってみるつもりだったけど、晴れてしまったので、明日行く予定の都民の森に、もう行きたくなってきた。明日行く三頭山に登るのと違うコースがあるから、そっちをうろうろしてみるのはどうかなと私が言うと、はじーはもともと温泉に全然興味がないので、すぐに賛成した。
数馬バス停で、都民の森に行く無料バスに乗り換え。青く濃く晴れた空に、いろとりどりの葉っぱが揺れている。わたしははしゃいで、道とか紅葉とかバス停の時計とかの写真をずんどこ撮った。はじーはくねくね道をまた一時間近く来たのでバス酔いしたらしく(はじーはほんとうに乗りものに弱い)、バス停の下に流れる川やその向こうの木々を眺めて柵に寄りかかって煙草を吸った。すぐに都民の森行きのバスが来た。私たちをここまで乗せてきたバスの運転手さんとこれから乗せる運転手さんは、二つのバスのあいだで何か少し笑ったり喋ったり、煙草を吸ったりした。
数馬からは一〇分くらいで都民の森に着いた。天気はますます晴れ。入り口で歩くコースが載っているパンフレットをとって、その先にすぐに始まっている坂をあがっていくと、坂の上の方にロッジのような大きい建物が見え、それがレストラン「とちの実」の入っている森林館だった。森林館には「都民の森のなかまたち」といって動物の剥製があったり、「動物たちの落としもの」といって動物のふんの標本があったり、木の実の標本が並べてあったりする部屋があって、その隣にレストランがある。レストランにはいって、刺身こんにゃくとビール(はじー)、プリン(私)を食べた。プリンは甘くなくて、添えてある生クリームと一緒に食べるのがおいしかった。こんにゃくは、荒くすってあるわさびと一緒に食べると、そのわさびの食感が舌に残るのもおいしかった。
(続く)