白色の音のシクラメン

けさ、野菜ジュースを飲みながら、朝10時の出勤の道を歩いていくと、路地の交差点に一本だけ佇っている桜が満開である。桜ってこんなに白かったか。
昨晩、この桜の近所で、一本調子の知らない歌謡曲のインストゥルメンタルが、どこからか、とうとうと流れてくるのに遭った。音のするほうに近づいていってみると、白々と光る大きな窓があって、その大きな窓の内側には、シクラメンの鉢がいくつも、窓全体をおおうように、いっぱいに吊るされていた。そのいっぱいのシクラメンの向こう、アップライトのピアノの置かれた、色褪せた居間を、昼白色の蛍光灯の光が、こうこうと照らしていた。その奥の方に、オレンジ色のニットベストを着たきれいなおじいさんが、パソコンに向かって座っていた。音楽は流れつづけた。何かが、とてもよく似合っている、とわたしは思った。
朝の光のなかで、桜の角を曲がってその場所に行ってみると、その窓はぼんやりと薄暗くて、昨日の景色のなにひとつ、残っていなかった。