あなたを白いお皿にのせて

穴熊の同居人が料理ブログを開設しました。
Naked Cafe レシピ編
食べることについて考えてみると、それはとてもびっくりするようなことで、なにしろそこにあるものを口に入れて飲みこみ、それを自分のエネルギーに、からだのなかで勝手に換えたりしているのです。赤ちゃんがなんでも口にいれてしまうのと、大人だってたいして変わらないように思えます。ベジタリアンだった宮沢賢治は「注文の多い料理店」の序文に、こんなふうにかいています。

 わたしたちは、氷砂糖をほしいくらいもたないでも、きれいにすきとほつた風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます。(略)
 わたくしは、さういふきれいなたべものやきものをすきです。

こんなふうな心象をもった宮沢賢治にとって、鶏や豚の肉をたべることが、どんなに強烈なことだったかわかりません。たぶんそれは、普通の人間が人間の肉を食べようと考えるのと同じようなことだったのではないかと想像します。その宮沢賢治がかく「注文の多い料理店」の最後、店の戸の中から声が聞こえてきます。

「呼ばうか、呼ばう。おい、お客さん方、早くいらつしやい。いらつしやい。いらつしやい。お皿も洗つてありますし、菜つ葉ももうよく塩でもんで置きました。あとはあなたがたと、菜つ葉をうまくとりあはせて、まつ白なお皿にのせるだけです。はやくいらつしやい。」
「へい、いらつしやい、いらつしやい。それともサラドはお嫌ひですか。そんならこれから火を起してフライにしてあげませうか。とにかくはやくいらつしやい。」

サラダやフライにされそうになっているふたりの紳士は、がたがたふるえ、泣き叫びます。でもこのお話は、だから豚や鶏を食べるのはいけないことだ、みんなベジタリアンになれといっているのではありません。大事なことは、食べられるほうのみならず食べるほうも、すっかり料理という出来事に巻き込まれているということです。いわば、食べるほうも食べられるほうも、どっちにしろ世界に食べられるのです。自分たちが食べるほうとしか考えていない紳士たちは、そんなこと思いもよりません。
わたしは鶏肉も豚肉も大好きです。昔はあまり好きではなかったじゃがいもも、いまではすっかり好物です。何かを食べて、それが初めて出会う味だったり、びっくりするくらいおいしいと、興奮して鼻息が荒くなったり、うひゃーと変な声が出たりします。そんなとき、わたしも世界のお皿のうえにわたしを投げ出している……。みんなでうひゃーといったり、ふたりでうひゃーといったり、ひとりでこっそり、うひゃーといったり……。それは自分の思い及ばないところで、そうなってしまうのです。
Naked Cafeのレシピブログはカテゴリが1人〜2人、2人〜4人、パーティ!!!、休憩、とわかれています。それは世界にたのしく巻き込まれるための人数です。どうぞ、めやすにしてください。
穴熊も、ときどき登場します。よろしくね。

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