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午後の母たち

なんだか身体がぼんやりする。仕事のメールにたくさんの「!」をつけても、わたしの本体はちっとも「!」していないので、その齟齬でぼけている気がする。きょうは晴れていたのだったか、曇りだったか、まっぱれではなかったような気がする、そういうこともぼんやりとだけ沁みこんでいる。
川上未映子さんの「乳と卵」のラストのほうに書かれてあった「お母さんがかわいそう。」というそのひとことが、ずーっと顔のまわりをめぐっている。先週の月曜日に、母の母の身体のぐあいがとてもわるかったことがわかり、週末に実家へ行った。わたしの実家にはわたしの母だけが住んでいて、すぐそばに母の姉たちの家が2軒ある。その先に母の母の家はある。母の母は、3人の娘の目と鼻の先に暮らしているのだ。
母の母のぐあいのことは家族や親戚みんなにとってほぼ同時にわかったのだし、わかってからまだ一週間も経たないので、母の母の家やその周りはもっとすごくあわてた感じになっているかと思ったら、そうでもないのだった。日曜日の午後に母の母の家をたずねると、母の母の娘たち、妹たち、近所のおばあさん友だち、たくさんの誰かの母たちが集っていた。母の母は、たくさんの母たちのおおらかさの中心で、ぼそぼそと自分の状況を訴えているのだった。訴えるだけで、実際に何か手を出してやってもらうのは嫌で、その全部は自分ひとりでやりたいことなのだった。母の母を除く母たちはいつもよりも多少たっぷりした感じで、ゆったと座っていて、それはなんだかとても好ましい落ちつきかたなのだった。
母の母の妹は腰を痛めて一年も入院していたらしく、その脇ばらの手術跡をみせたくてしかたない。白いスラックスの下から出てきた水色の小花柄のサーマルパンツがかわいい。入院しているあいだ、本だけは読んだという。遠藤周作有吉佐和子、西村京太郎を読んでいたら追いかけられて殺されそうになる夢をみた。退院したら本なんて読んでる閑はない。退院してすぐにスーパーで二千円買ったら福引券がついてきて、それで福引したら二等だとかいって米が五キロ当たっちゃって、米五キロじゃあ重いから1000円の商品券と換えてくれないかって言っただけどそれはできませんって言うだよ、先に買った二千円分より米のほうが重いでしょ、ほんだもんで、かついでたリュックサックおろして、米のほうかついで、根性でその米もって帰った。でもそれが新潟の魚沼産の米で、やっぱりおーいしいっけよ。
母たちはからからとわらっていた。母の母の家のリビングで、おんなばかり6人でローテーブルを囲んで、その午後の時間はとても緩かった。

乳と卵

乳と卵