茂吉のねこ

けさ、一匹のぶさぶさした猫と、山の電車に乗っている夢をみて、覚めたとき、そういえば秩父には犬ばかりいた、それも飼い犬ばかりで、みなよく吠え、猫はいっぴきもいなかったと思い出した。山のふちに住む人々にとっては、庭や畑を荒らすけものに吠えつく犬がいることが大事ということだろうか。それとも、家事のひまに散歩に連れていけるから犬なのだろうか。私はシカにあいたかった。イノシシにあいたかった。クマにもあいたかった。あったら恐がって大変だったかもしれなくても。大きなカツラの木に見守られた木橋を渡り沢を抜けると、小さなお墓の脇を通り過ぎると同時にもわっと人臭く暑くなって、その先に、民話のなかみたいに、お蕎麦屋さんがあった。お蕎麦屋さんの蕎麦畑の観察記録ファイルには、猿やイノシシやシカの被害について写真とともに紹介されて、「このままでは『野生王国日本』になってしまいます!」と訴えられていた。お蕎麦はとても、おいしかった。
夢の中でわたしは猫をいいように、ぶにぶに掴んで平べったくして遊んだ。たぶんあれは私のなかの「茂吉のねこ」だったのだと思う。

茂吉のねこ (偕成社文庫 3016)

茂吉のねこ (偕成社文庫 3016)