物語のなか

秩父に出かけたのは金曜日。武州中川駅で降りて、民宿「すぎの子」に着くと、数人の大工さんが母屋の屋根を張り替えているところだった。
茅葺き屋根の民家は、そとがうちで、うちがそとの、風通しのよさ。二階の部屋でお茶を飲んで、はじーと私は散歩に出た。国道の向こうの脇道は、どれも私道に、民家に、繋がって行きどまってしまうので、戻って線路を渡り、山の手前をぐるりとまわった。整備された墓地、お寺のお堂、お堂の正面に佇つシダレザクラ。見おろすとすぐ下に東屋のようなものがある。山から湧いた水が小川の急流になって、東屋の脇を、どしゃどしゃと流れおちている。その向こうの大きな家の犬が、私たちを見つけて吠えはじめてとまらない。
木をぴしぴしと踏み分けるような音が聞こえて、私が熊かと怖がっていると、はじーはそれをそぉっと見にいき、水が岩に当たっている音だと言った。お寺の門のところに私がまだ佇っているのを、はじーは「そこ、物語のなかみたい」といって写真に撮った。

つづく。