土曜2・日曜

土曜午後一時、高円寺着。二時、Tちゃんの運転するレンタカーのヴィッツで秦野に向かった。はじーと私は後部座席、助手席にはS太郎さん。ヴィッツの車内は広い。Nちゃんは仕事のためあとから来ることになった。雨はなんとなく降りつづいている。

(つづく)

ヤビツ峠。真横に吹きすさぶ雨。帰りたい。狸の死骸が、半分骨になって転がっている。

(つづく)

風雨は強まったり弱まったりしながら、だんだんにやんでくる。通行どめの山道の真ん中に、男たちは音響設備をあっというまに組み立ててしまった。ガードレールの向こうに繁る草木の途切れめに、山の麓の町がみえる。山の麓の町に夕陽があたっている。途中のコンビニで買ったシャボン玉をつくると、大きなシャボン玉がいくつも出来る。谷のほうに滑っていきながら時々風に乗って舞いあがり、光ったり、翳ったり、いつまでも壊れない。大きなシャボン玉に強い風が吹きあたると、割れないで分離して小さい三つのシャボン玉になる。シャボン玉が遠くなるほど、わたしの眼が見てはいけないものを見てしまっている気がしてくる。

(つづく)

日が落ちた頃、小さな子供を四人も連れた男女がやってくる。子供は皆ひかる輪っかを頭や首や手につけている。私たちは、ガードレールの隙間から子供たちが落ちてしまわないか、気になって仕方ない。子供は私が地面に置いておいたシャボン玉の道具を目ざとく見つけて遊んでいる。「あ」という声がして、ひかる輪っかのひとつがガードレールの下に落ちた。輪っかは、落ちたところで、ぼんやりとひかり続けている。と思ったら、ガードレールの脇にひかる輪っかを捨て置いて、子供たちはどこかへ行ってしまった。それはなんだかお供えもののようで、わたしは突然、みてはいけない子供たちだったような気がしてくる。

(つづく)

目覚めると冷えこんでいて、S太郎さんが「さンみ!」と言いながらテントに戻ってきたところだった。TちゃんとNちゃんはまだ死んだように眠っている。テントの外からはじーの声がして、パラグライダーの踏み切り台のところに行ってくるというので、お湯だけ沸かしておいてもらって、S太郎さんとインスタントのお味噌汁をひとつずつのみ、S太郎さんは残りのお湯でインスタントのコーヒーものんだ。それからまだ寒がっているS太郎さんを残して、私もパラグライダーの踏み切り台に行ってみた。はじーと、Gさんと、Gさんの連れてきた女の子の後姿が見えた。踏み切り台は、昨日雨が痛いほど降っていた頂上の先にあった。しっかりした新しい木材でつくりつけられていて、先端は谷に向かって滑り降りたところでなくなっている。酔っぱらった人がこの上でふらふらしたら、足を滑らせて谷底に落ちてしまうだろう。うっかり死んでしまえるか、悪夢みたいに谷間をさまようことになるか、わからない。

(つづく)

Nちゃんの足の親指に、べっとり血がついている。テントの中にナメクジみたいな生きものが這っているのを私はみつけて、「ナメクジみたいのがいる」といって紙に載せて外に出すと、外にいたはじーが「これヒルだ」という。「潰して血が出てきたら、それはNちゃんの血だ」と前置きしてからはじーが踏んづけると、やっぱり大量の血が出てきて、ぷっくり太っていたヒルは小さくなって、自分の吸った血の飛び散った中でもじもじ動いている。日はだんだん高くなって、気温はじりじりと暑くなる。あれは植林した杉、これはもとからあった広葉樹、と指さしながら、よく見えるようになった山の姿を私とはじーは眺めた。そして、広葉樹の会を結成した。車を停めてあった場所に近い斜面の土から、白い湯気がふぁーとのぼって漂っている。

(つづく)

まっ晴れの中、まだ頭痛と吐き気のしているNちゃんと、すぐ車酔いするはじーのために、ヴィッツは時速30キロでうねうね道を下ってくれる。とてもやさしい、気持ちいいドライブ。Tちゃんが高尾山の話をするので、次は高尾山にハイキングしにいきたくなる。カーナビの地図に映し出された道の、フクロウの耳の突端みたいになったところにある浅間神社に車をとめてひと休みした。Nちゃんを車に寝かせておいて浅間神社の階段を登り、振りかえると、秦野の景色が一望できた。正面右手に広い教習所のような敷地があって、あとで調べてみると、日産の工場だったとわかった。
うねうね道がやっと終わると、NちゃんがTちゃんのギャグとかで笑い出して、元気になってきた。風景は「THIS IS 里!」という風景。道端に野菜を並べて売っているのを通り過ぎる。とてもおいしそうな豆腐屋さんを通り過ぎたところで、あんまりおいしそうだったので車をとめ、Tちゃんとはじーと私で豆腐屋さんに入った。豆乳プリンと石臼挽きの豆腐、TちゃんはNちゃんのために贅沢豆腐を購入。

(つづく)

東京に向かう高速で自衛隊の車を何台も追い越して海老名のサービスエリアに入ると、追い越した自衛隊もぞろぞろと入ってきた。迷彩服に迷彩帽の男たちがソフトクリームを両手に持ったり、肉まんを買ったりしている。野球のユニフォームを着た男の子たちが列をなして通り過ぎる。その子たちの身振りは自衛隊の男たちによく似ている。
私たちは屋台の隙間に並んだテーブルを拠点に屋台を物色して、さっきのお豆腐屋さんで私の買った豆乳プリンをみんなで食べ、それは底に甘い大豆が入ってとてもおいしく、Tちゃんはたこ焼き(ねぎ塩マヨネーズ味)とラムネを買ってくれ、はじーは「いままで食べたたこ焼きのなかで一番おいしい」という。S太郎さんが買ってきたカレーパンも、Tちゃんが迷ったあげく買ったげそ焼きもみんなで食べる。もっといろいろおいしそうなものを売る屋台があるのに、さっきココスでしっかり昼食を食べてしまったので、私はもうお腹いっぱいで悔しい。Tちゃんに「いまお腹何分目?」と訊くと、「六分目くらいかな。あとラーメン二杯はいけますよ」というので、私もはじーも仰天した。
車がまた走り出すとはじーは寝はじめ、私たちは食べ物の話を中心に、喋ったり笑ったりしながら都内に戻ってきた。