「ハッシュ!」橋口亮輔

「ハッシュ!」の登場人物は、みんな性別がちがう。ゲイ、ヘテロ、男みたいな女、女臭い女、ナヨナヨした男、ヤンキー娘、OL女子、サラリーマン、娘、兄、嫁。そのひとつひとつが性別ではないというなら、何が性別だというのだろう。「男女間の友情は可能か」という、言いふるされた問い。その答えの数だけ、性別はある。そして、すべての性別の間に溝がある。それでも、どんな性別だろうと、誰かと一緒なら、母になることは可能である、と「ハッシュ!」は言っているみたいだ。
すべての母親は娘であるはずなのに、娘を前にした母親は自分も娘であることを忘れたがる。まるで、娘であることを忘れなければ母親なんかつとまらない、と言うように。母になった女と母ではない女の間にある深くて暗い溝も、ゲイという性としてひとくくりにされた人たちの無数の性の間にある溝も、この映画は同じように映す。
それでも、「ハッシュ!」の結末はとても幸福だった。あの最後のシーンで、三人は三人とも、「母になろうとする人たち」だった。ひとりひとりの性は決して同じにはならない。でも、重なると嬉しい。その重なることを、「友達」と呼ぶのだと思う。「ハッシュ!」はゲイの映画であり、女や母の映画でもある、でも何より、友達の嬉しさを映した映画だったと思う。