浮かんで飛ぶ

八月の終わりに江ノ島へ行った。西浜の海の家でパーティーを主催した夏から、もう十年ちかく経っている。海の家に来る人は移り変わって、記憶にあった場所とはもうだいぶ違っている。騒々しいと感じる。その嫌悪感が、自分の年齢があがったせいなのか、海の家が変わったせいなのか、はっきりとわからない。頼んだ飲みものをごくごく飲んで、逃げだした。

浜辺の海に、かもめの群れが浮かんでいた。飛び交っているしおからとんぼを食べるのかもしれない。ライフセイバーの格好をした人がひとり、訓練なのか、視界の左のほうから泳いできて、その群れのなかへすーっと入っていって、視界の右のほうへ泳いでいった。かもめは泳いでくる人を避けて、少しずつまとまって飛びあがる。
海は好きだ、けど海のうえに二本足で立つことはできない。

デング熱の報道が出てからは、代々木公園に行っていない。一度イベント広場を横切ったけれど、閑散としていた。早く秋になれ。早く蚊の季節よ終われ。
代々木公園がなくなったら生きていけないと思う。
空白になれる場所がなくなったら生きていけないと思う。

Berlin, DAY9.

最後の夜はローラと、コトブッサートールのサンタマリアという店で、メキシカンをお腹いっぱい食べた。席が空くのを待つ間その通りをぶらぶらしてみると、どの店も賑わって活気があった。なかでもサンタマリアは大人気だった。ローラはセビッチェ、はじーはモレのソースのチキン、私はポーク。安くてめちゃくちゃおいしかった。帰り道、夜がすこし深くなっただけで繁華街の駅ではヘロイン中毒の人をみかける、白い骸骨みたいな顔をして、全身の骨が弱っていて引きずるように歩くのですぐわかる。それでも数年前よりはずっと減ったそうだ。ローラと初めてゆっくり話ができて嬉しかった。最初は友達の友達としてだった、でも今回は芸術家どうしとして、女の大人どうしとして話すことができたから。好き嫌いや、一瞬一瞬の感情をきちんと表現するこの女の子のことを、私は今回の旅でもっと好きになった。

Berlin, DAY7.

みんなでカフェ、インパラコーヒーへ。テーブルに置いてあった新聞の一面に「エボラ出血熱の患者がベルリンにも」と報道されている。

聖マタイ教会の向かいにある韓国料理屋さんは、ちりちりの銀髪をツインテールにまとめたオモニがやっている店。店内の壁いっぱい、耳なし芳一みたいに、聖書の言葉で埋められている。

通りがかりの広場にちいさなマーケットが出ていた。キッチングッズを扱う屋台で、炭酸もいれられる携帯用のボトルを買った。その店の、愛想のいい、とてもかわいいお姉さんが「どこから来たの?」と聞くので「とうきょう」と言った。ちょっと自慢げに言ってしまったかもしれないなと思う。お姉さんは「わあ」と嬉しそうな顔をしてくれた。

 

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Berlin, DAY3.

 

コトブッサー通りのトルコ人のフィラットのアパート(元は高官の住居だったらしい)でボロネーゼのディナー、夜遅くまで、それぞれの故郷の古い音楽をたくさんかけながら。フィラットはイタリア人のミケーレがボロネーゼを作ると思っていたのにはじーがシェフだったので、びっくりした。

トルコ人、日本人3人、イタリア人、フィンランド人、ブラジル人の7人で食卓を囲んだ。「5大陸制覇だ」と誰かが言った。「日本を1大陸とカウントするならね」と誰かが言った。

ベルリンに来て最初の大きな買いもの、トリッペンの靴、145€。

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Berlin, DAY2.

テンペルホーフ空港跡地で鳥を観察しようと思ったけど、雨が降ってきたのでまた今度にすることにした。角のカフェに入ったら、エンゲルスという名前のカフェなのだった。そこから少し歩けば、カール・マルクス通りに出るのである。洒落ている。後になってそのカフェが、2年前にピコブックスのアルヴァロが教えてくれた店だったと気がついた。2年前は地図の印を読みまちがえて別の店に入ってしまったから、ずっと来たかった店だった。

昼はそのアルヴァロとカフェで会い、夜はエーミルとローラがアパートに訪ねてきてくれて、私たちは2年ぶりに再会することができた。2年経てば環境はいろいろ変わる。でもふたりはちっとも変わっていなかった。ローラは故郷のブラジルで、興味のないサッカーを母親に見ろと言われてケンカしたと言って笑った。フィンランドの人であるエーミルに、私は今回の旅で読むつもりで持ってきたムーミンの文庫本を見せた。はじーはみんなのために海南チキンライスを作った。厳選して持ってきた柚子胡椒とぽん酢がよく合って、全員に大好評だった。食べたことのないものを楽しめる人たちとは、なんて仲良くなりやすいのだろうと思う。エーミルも羊の焼肉を作ってくれた。そういえば2年前も、ふたりは一緒にキッチンに立っていたのだ。きっと料理の好き度が同じなんだね、と私は言った。

 

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Berlin, DAY1.

ノイケルンのアパートはとても静かだ。着いてすぐ、もとこさんとミケーレが用意してくれた夕飯、いのししのブルストや生ハムやチーズやパン、ドイツビールを飲んで、食べた。洗礼のような、濃い強い味。

夕飯のあと、ミケーレのために英語で、翻訳してきた詩をひとつ読んだ。テンペルホーフ主義宣言。うまく読めた。思ったより、よい出来だったので嬉しい。18日にはピコブックスで朗読会がある。こんなにとんとん拍子に決まるとは思ってもみなかった。

空港からシャトルバスでアレキサンダー広場に着いた途端、2年前にここで数日間過ごしたときの感じがぜんぶよみがえってきた。地下鉄の切符の買いかた、駅前の人混みのここちよさ、ルターの教会の近くで寄付を巻きあげられたこと。ここは涼しくて、もう自分の街のように思える。東京の暑さを、もう忘れている。

 

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コマドリ、捻挫、檜洞丸

丹沢湖ー西丹沢自然教室ーゴーラ沢出合ー檜洞丸ー犬越路ー西丹沢自然教室〕5/18

朝の丹沢湖からバスに乗って、箒杉と呼ばれている樹齢二〇〇〇年の杉の木のある場所を越えて、9時、西丹沢自然教室。登山の人たち、パッと見渡して三〇人くらいだろうか、混じって登山計画書を書く。

明るい広葉樹の穏やかな道の先に、白く光っているひらけた場所があって、ゴーラ沢出合という。白いのはぜんぶ、大小の石。ゴーラってなに。出合うというのは、川の流れのことだろうか、それとも川の向こうとこっちの人が石伝いに出合えることだろうか。どこまでも平たい場所で、登り道の続きを一瞬、見失う。

続きの登りはいきなりハシゴで、その先もずっと急な坂で、どんどん標高があがっていくのがわかる。林のなかの道で、たまに出てくるツツジの朱色が、怪しく女っぽく見える。途中から、富士山が林の隙間に見えるようになった。コガラが目の前の枝まで来た、私に興味があるみたいに。道が整備されていて、傾斜がきつくても愉しい登りだった。途中から木道になって、その下にミズバショウみたいな雰囲気の群落をつくっている植物は、コバイケイ草というらしい。最後の登りは視界がひらけて、富士山もその手前の東丹沢山系の山々も、海も、沖の伊豆大島まで、ぜんぶぜんぶ見えた。

頂上(檜も洞も見あたらない)で昼ご飯、落合館で作ってもらった鮭と昆布のおにぎりとたくあん。お湯を沸かして紅茶を飲む。「山でコーヒー淹れると淹れている間に少し冷めるのが残念、紅茶は温かいまま飲めるからいい」とわたし言う。はじー同意。

くだりが始まってすぐ、また絶景。こんどは海が見えないかわり、富士山の下腹をスプーンですくったみたいに山中湖が見える。自分がいまいる場所と富士山の頂上が同じくらいの高さに見える。そこまで、遮るものがなんにもない。目が喜んでいきいきした。

ぶなの明るい林の稜線を、いくつも小さい峠を越えていった。途中で双眼鏡を出して、木の枝のうえ、ヤマガラシジュウカラを見た。ウグイスは声だけ。林をどんどん歩いていくと、三歩先の地面にコマドリがいた。図鑑で見るのと同じ、オレンジ色のからだで、真っ黒い点みたいな目で。地面をぴょんぴょん跳んで藪のなかにはいっていったのをしばらく観察して、見えなくなったと思ったら大きな声で鳴いた。「ヒンカララ…と馬のいななきのようなさえずり」と図鑑に書いてある、ほんとうにその通りの声で。

ああ、鳥を見ることを始めてよかったなァと、元気な気持ちになって、コマドリパワー!とかふざけて喋りながら、笹藪をどんどんどんどん抜けていたとき、木の根につまづいてはじー捻挫。しばらく、もんどりうって地面に転がったまま、左の足首をおさえて、痛そうな顔をした。間一髪、くじいたとき体重を全部は乗せなかったから、なんとか歩けそうと言って、避難小屋まであと30分くらいだったので、そのまま歩いてしまうことにした。とたんに無口な歩きになって可笑しい(私はこういうときとてもひどい)。避難小屋の外にある台のうえで、私の持っていたテーピングテープをありがたく施して、陽が落ちてあたりが薄暗くなってくるのをヒヤヒヤと感じながら、なんとか帰りのバス停まで歩ききった。

自然教室の前のベンチで最終バスを待つ間の1時間に山はすっかり暗くなって、山際からすーっと蜘蛛の糸の絡まったみたいな雲が幾筋も縦に伸びていた。それをはじーは、あの綿の、ぱーってやるやつ、と疲れで眠い赤い顔をして酔っぱらいみたいに何度も言って、それは何日か前にテレビで見た、綿花を何枚も何枚も台に拡げて重ねて高級真綿布団を作る夫婦の動作のことなのだった。

 

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